THE FLOWER GARDEN
水仙の章14
「全く。騒ぎを起こすなと言っているのに。かなりの天邪鬼だな」
日向はしずかの顔を見た途端にそう言った。
それでも事情を聞きつけて、慌ててきたためにまだ息が整っていない。
それを隠すように何度も溜息をつくフリをしていた。
何しろ、突然、相川が駆けこんで来たかと思うと、
「大変ですっ。うちと菫が掴み合いにっ」
と叫んだのだ。その原因が、しずかと梢だと聞いて、更に日向は焦った。
はっきりとした原因はわからなかったのだが、鞍馬の話をしていて、しずかが何か言ったところで、梢が突然しずかをひっぱたき、それを見ていて水仙の護衛が、慌てて教室に乱入。それで焦った菫の騎士たちもはいってきて、教室は混乱状態だったというのだ。
叩かれた頬の手当てをされているしずかは、顔を顰めて言った。
「いてて…。うるさいなっ。あたしは本当のことをあの馬鹿なお嬢さんたちに教えてやっただけなんだよ」
「小さな親切、大きなお世話、だ。それより鞍馬のことで松村梢と言い争っていたというのは本当なのか？」
日向の目が光る。しずかは顔をそらした。
「そんな言い方。まるであいつを取り合ってるみたいじゃんか。
それに、あのお姫様は、ただ話をずっと聞いてただけだよ。最後に一発、あたしのことひっぱたいただけ」
「いつ、鞍馬に会った」
日向の鋭い声に、しずかは小さな声で答えた。
「昨日の夜だよ」
黙り込んだ日向は、その視線を石崎に移す。焦った石崎が言った。
「でっ、でも私が確認した時は、ベッドに包まっていたかに…見えたのですが…」
それはただの枕だと言いたくなったしずかだが、黙ったままでいた。
「どこに行ったんだ」
しずかはそれには答えずに逆に日向に言った。
「雅の捜索はどうした？」
「…進行中だ」
にらみ合う二人を見かねて、相川が口を挟む。
「この時期はどの組も妃候補の問題がありまして、厳戒体制をひいているのです。ですから…」
「雅は、百合だ。百合にいる」
しずかはそう断言した。
相川も、しずかを落ち着かせようとしてあげていた手を、下ろしていた。
そこまで辿りついたか。
日向はその行動力を誉めたいとも思った。
けれど、当然そうするわけにはいかない。
「昨日の百合の侵入者はお前か」
しずかは立ちあがって日向に言った。
「雅を襲った男達と、あたしを襲った男の残していった香が、百合の花の香だったんだ」
そして、宣言した。
「雅を助け出す」
しばし、二人は見詰め合った。それから日向が口を開いた。
「妃候補はどうした」
「雅を助けるのが先だ」
「妃が決まるまで待つんだ」
「その間に雅がどんな仕打ちを受けてるかわからないんだぞっ」
ぴくりともしない日向を見て、しずかは踵を返した。
「もういい。お前には頼まないっ」
もともと期待してたわけでもなかった。手当てをしていた君江が、心配そうにしずかを見つめ、歩き出そうとしたしずかの足を止めさせた。
「勝手に動けば、お前をここから追い出す」
日向の声は、いつになく威圧的だった。
「いいぜ。勝手にすればいいじゃん」
「お前を元の世界に戻す」
思わずしずかは振りかえる。
「…戻れないんじゃなかったのかよ」
「その権限が俺にはある」
しずかが動く前に、君江がしずかの腕を後ろから抱きこんだ。何を言いたいのか、しずかにもわかった。一度戻ったら、おそらくは二度とこの世界には戻れない。
「…ふざけるな…」
絞り出すように小声でいうと、しずかはそっと君江の腕を外した。その目は不安そうにしずかを見つめていたが、黙ってその腕を下ろしてくれた。部屋を出ていこうとしたしずかに、それでも日向は質問する。
「鞍馬は何を言ったんだ」
しずかはぱっと振りかえって日向を睨んだ。そして、小声で言った。
「…妃候補を降りろって言ってただけだ。あたしも、そう思うけどね」
その視線に耐えられなくなったのか、日向は手当てをしていた君江に尋ねた。
「…どうだ、傷の方は？」
「１週間ほどで治ると思います。痕にも残りません」
そこで大きく日向は溜息をついた。
「遠山雅の件は妃が決まり次第動く。今は妃を決める時期だから、どの組も他の組の動向に神経質になっているからな。だから、それまでは待て。それよりも、妃になるかは別として、これ以上傷物にならないでくれ」
ついに自分を見返さなかった日向を諦め、しずかは言った。
「誰かさんのせいで、もうずたずただよ。身も心もね」
「姫、ゆっくりお休みください」
君江がそう言って、電気を消した。
「ああ…。おやすみ」
しずかもそう答え、扉が閉まり、階段を降りていく足音が聞こえなくなってから、ようやく制服のポケットから、手紙を取り出した。
薄いブルーの便箋は、しずかが教室に戻ってきたときに見つけたもので、思わず開こうとしたのだが、周りの目が気になって、ここまで我慢していたのだった。
もう、誰も信用できない。
それは、相川にしても、君江にしても同じだった。
「明日の夜、厩で待つ」
便箋には菫の香が残っていた。しずかはそっと、その手紙を破くと火をつけて空のゴミ箱に入れた。