THE FLOWER GARDEN
百花繚乱の章23
碓井に言われるままに慌てて駆け込んだ部屋は、使われていないせいか埃っぽかった。
しかし我儘は言っていられない。
扉一枚隔てた廊下からは、雅を探す騎士たちの足音が聞こえてきている。
「姫っ、大丈夫ですか？」
扉のそばで廊下の様子を聞いていた碓井は、去っていく足音を確認すると、部屋の片隅で肩で息をしている雅のところにやってきてそう言った。
「えぇ…でも…。
これから、どうしたらいいのでしょうか」
有世としずかの式に参列しようとしていた雅を、森が襲撃にやってきたのはつい先ほどのことだった。
碓井や雅付きの騎士たちが、その攻撃を防いでくれたために、こうして碓井と雅はなんとか部屋から脱出することはできたものの、外に出ようとしたところで森派と呼ばれる森寄りの騎士たちと鉢合わせになり、結局白百合館から出られずにいた。
森が狙っていたのは、雅だけではなく、この百合組の隊長の座だったらしく、気がつけば森派の騎士たちは、自分たちに刃向う者や碓井寄りの騎士たちと次々と闘争を始めていた。
あの時雅を守ってくれた騎士たちも、そのあと追いかけてこないということは、おそらく森派にやられてしまったのだろう。
ここにいるのは、雅と碓井だけだ。
幸い碓井は怪我を負ってはいないものの、剣で戦った経験のない雅を守りながら外に出るのは、そう簡単ではないことは、雅にもわかる。
「とりあえずここを出ましょう。
追手はすぐにやってくるでしょうから。
実はこの先の廊下には隠し扉があり、そこから外へと抜ける階段があるのです。少し窮屈で暗いですが仕方ない。
我慢してくださいますね？」
碓井はそう言うと、扉を開けて外の様子を確認してから、雅を廊下に出るよう促した。
雅が動けずにいると、その手を引いて、碓井は部屋の扉をそっと閉める。
だがその場に立ち尽くしている雅の心配そうな表情を見て、碓井は雅を安心させるように笑顔を浮かべて言う。
「姫のことは、私がお守りしますから。
大丈夫。
百合組でも、森に反抗している騎士たちもいます」
「でも―」
その時、奥の方から声が聞こえてきた。
「いたぞっ」
そして、声を上げた騎士が、二人に向かって走ってくるのが見えた。その一瞬で、碓井の表情が険しくなる。
「姫っ、早くっ。
隠し扉は、その右側、色が一段暗い壁を押せば開きますっ」
小声で碓井がそう言い終わるかどうかのところで、走ってきていた騎士が剣を抜いて、雅に向かって大きく振りかぶった。
「待てっ」
「キャッ」
小さな悲鳴を上げながら思わずしゃがみこんだところで、鈍い音がする。雅が怖々目を開けると、自分と背中合わせになった碓井がその騎士と剣を交えているところだった。
「姫、ここは私が応戦しますから。姫はその間にお逃げください」
「でも―」
碓井は力でその騎士を押し返すと、体勢を崩した騎士に切りかかった。
騎士はうめき声をあげて、その場に崩れかかる。飛び散った血が、僅かに雅のドレスを赤く染めた。
いくらか声を荒げながら、碓井は笑顔を雅へと向ける。
「大丈夫。下に馬を用意してあります。それに乗って、桜王宮に向かってください。
桜王宮に入ることができれば、もう大丈夫です」
しかしそう言って動く気配のない碓井に、雅は心配そうに声をかける。
「碓井さんは？」
「今の声を聞いた他の騎士たちがすぐにでもやってくるでしょうから、彼らを相手しています。
せっかくの隠し扉をすぐに見つけられては、元も子もありませんからね。
私は、姫をお守りすることが任務ですから。もちろん、片付きましたら、姫を追いかけますよ」
そう言って笑顔を浮かべた碓井を見ていると、雅はますます心配でならなかった。
碓井が自分が逃げるための犠牲となってしまわないかと。
「でも―」
しかし、その雅の声が聞こえるかどうかのタイミングでまた新たな騎士が現れ、剣を振りかざして二人めがけて走ってきた。
「姫、早くっ―」
また鈍い音が何度も響いた。今度の騎士は、先ほどより数段強いらしい。
剣を突き合わせた碓井の表情が、相手の騎士の背越しに見えが、その表情に余裕などはない。
どうしたら…。
雅が立ち尽くしていると、廊下の奥から森の声が聞こえてきた。
「碓井、覚悟しろっ」
背後から聞こえてきたその声に碓井の気がそれる。その隙に、碓井の相手をしていた騎士は碓井を突き押すと、雅に向って剣を振りあげた。
しかし雅は逃げるより先に、慌ててその騎士を追いかけた碓井の背後に、森が剣を向けていることの方に意識がいった。
「碓井さんっ」
「姫っ―」
声が交差する中で、碓井がとった行動は、雅を守るために雅に剣を振りかざした騎士を倒すことだった。
それはつまり、森からの攻撃に何も抵抗しないということだった。
森より先に、碓井の剣が雅に襲いかかってきていた騎士の背中を切り裂く。さらに上がった血しぶきが、雅のドレスにも顔にもかかった。
だが騎士の剣は雅に届くことなく、手から離れて、廊下に騎士諸共に落ちる。
「碓井さんっ」
顔に付いた血を拭きとることなく、もう一度雅は大きく叫んだ。
碓井の背後には、余裕の笑みを見せる森が立っており、無防備な碓井の背中に今まさに斬りかからんとしていたのだ。
だが碓井は、そんな森に抵抗する様子は見せずに、ただ雅だけを見つめていた。
やめて。
そう雅が叫ぶ前に、にたりと笑っていた森の表情は、大きく歪んだ。
そして呻き声をあげると、森は剣を振りかざしたままで、血を口から流すと、ばたりと倒れた。
何事かと振り返った碓井の眼に映ったのは、変わり果てた速水の姿だった。
「…たい、長…」
床に崩れながら、森がそう呟いたが、その声はすぐに碓井の声でかき消された。
「速水隊長っ！」
すっかりこけた頬に、不精髭。
薄汚れた服。
手足にも、今までつけてきたのか、血や土の跡が付いている。
そのどれもが、以前の速水とは違っている。
速水は血の滴っている剣を、前のようにすぐに鞘に収めることなく、唖然としている碓井と雅の前に立ち尽くしていた。
「どう、して…」
思わず雅がそう呟くと、速水は雅に話しかけた。
「大丈夫か？」
「え？」
思わず雅はそう言い返す。
今まで速水から雅を気遣うような言葉を聞いたことはなかったのだ。
驚いている雅を見て、速水は不快に思うこともなく淡々と答えた。
「大丈夫だな」
「は、はいっ」
そう答えたのは碓井だった。
ついさっきまで、どこか心の奥で諦めていたような碓井の表情にいくらか光が見える。
速水はそれでも以前の威厳を取り戻し、重々しい口調で碓井に言った。
「ここは俺に任せて、碓井、お前は姫を」
「しかし隊長…」
実のところ、碓井の耳には、階下からたくさんの騎士たちの足音が聞こえてきていた。
今から急いで隠し扉に逃げ込んだところで、三人が逃げ込むには少々狭く、見つかって追いかけられる可能性の方が高い。
おまけに無事逃げられたところで、用意している馬は一頭。
三人乗るのは厳しい。
速水もそれがわかっているのか、淡々と答えた。
「お前の言ったとおりだ。お前の任務は姫を守ること。任命したのはこの私だ。
頼んだぞ、碓井」
最後にはうっすら笑みすら浮かべ、速水はそう言った。
わかりました、と苦しそうに答える碓井の横で、雅は速水の変わりように驚いていた。
それに、ここを任せろということは、つまり速水はここで無事雅と碓井が逃げられるよう人を食い止めるということなのだ。
それはつまり、雅たちの犠牲になるかもしれない、ということだ。
どうして？
どうしてそんなことまでしてくれるの？
私のことを、疎み、辱めたというのに。
「あ…の」
そう呟いて、雅は一歩速水に近づいた。
だが声が聞こえないのか、速水は雅に背を向けたまま、仁王立ちをしている。
「姫、急ぎましょう！」
もう一度声をかけようとしたところで、碓井が雅にそう言った。
気づけば碓井の腕からも、血がにじんでいる。
先ほどの戦いで、けがをしたのかもしれない。
手当てをするにも、ここにいては余裕も何もない。
「…はい」
雅は素直にそう答えると、碓井の後に従うことにした。様子を伺いながら、碓井は隠し扉を確認するように壁を叩いて音を聞いている。
雅がようやく歩きだしたところで、ふいに低い声がした。
「姫」
思わず雅は足を止める。
速水にそう呼ばれるのは初めてだった。
なぜなら、速水にとっての百合組の姫は、常に佳乃であり、雅はその代わり、しかもその代わりにすらなれないと罵倒される存在だったからだ。
少しの沈黙があって、速水は穏やかな口調になって言った。
「今までいろいろすまなかった」
雅は慌てて振り返った。
謝ることなど、知らない人だと思っていた。
一方的に雅を閉じ込めていた時も、腫れるほど顔を叩いた時も、
速水は自分が絶対的に正しいとし、雅を責め、謝ることなどしなかった。
振り返った雅に、速水は変わらず背を向けたままでいた。その広く、どこか人を拒絶している背中を見ていて、ふと雅は思った。
…もしかしたら、この人にも、この人なりの理由があったのかもしれない。
雅がずっとしずかを憎み続けていたように、相手からみれば理不尽だと思えることだとしても。
そうしなければ、やっていけなかったのかもしれない。
もちろん、だからと言ってやっていいことではないし、なかったことだと思うことはできないけれど…。
許すことは、できるのかもしれない。
「あの―」
頑ななその背中に雅が手を伸ばしたところで、碓井の鋭い声が響いた。
「姫っ、急ぎましょう！」
思わず碓井の方を見た雅だが、再び振り返って速水の背中を見つめた。
それでも速水は振り返ることはなく、雅は碓井に引っ張られる形で隠し扉の中に入って行った。
静まり返った広間では、誰もが緊張感の中にいた。
すでに陽は傾き始めていた。
馬を走らせれば、この桜王宮から白百合館までは三十分ほどで着く。
往復にかかる時間は一時間。
しかし、昼過ぎに出た日向たちが戻ってくる気配はない。
その中で近衛が有世に、椿の宮が一旦邸宅に戻りたいと言っているので、ここで一度式を挙げてはどうかと言ってきた。この緊張感の中で、待ち続けることに疲れたようだ。
確かに、騎士たちにも、不安も重なって疲労感が見え始めていた。
有世が静かに頷くと、近衛はしずかの前に立ち、深く敬礼してから口を開いた。
「姫。そろそろ式を―」
「いや」
きっぱりと言ったしずかに、有世が傍にやってきて名前を呼んだ。
「しずか」
その手には、式の後にしずかが着けるティアラがある。
しかししずかはそれを一瞥してから有世に視線を向けると、強張らせていた表情に無理やり笑顔を浮かべて答えた。
「ごめん、有世。
でも、もう少し待ってくれないか。せめて、日向が戻ってくるまでは」
掬いあげた砂がこぼれおちるように、しずかの偽りの笑顔も、さらさらと元の強張った表情へと戻っていく。
最後には俯いたしずかに、有世は優しく答えるしかなかった。
「わかった。そうしよう」
速水のおかげで無事白百合館を抜け出した碓井は、用意していた馬に乗ろうとしたところで、ふいに声がした。
「おい、碓井っ」
先に雅が振り返り、思わず口を押さえていると、それに気づいた碓井も雅の視線を追って、声を上げた。
「成瀬隊長！どうしてここに？っえ？」
そこには、日向を先頭とした数人の騎士の姿があった。よく見れば、後ろにいるのは菫の但野であることに気づいて、碓井は思い切り目を見開いた。
その様子を見た日向が、にやりと笑う。
「助けにきた。腕を怪我しているようだけど、大丈夫か？」
「はい。かすり傷ですから」
にこりと笑う碓井を見て、日向も息を吐きながら大きく頷いた。
「中に入ろうとしたが、無理だった。それにしても、この内紛の中で、よく逃げ出してくれた」
「ええ…速水隊長が、助けに来てくれました」
速水の名前を聞いた日向が、その瞬間僅かに目を細める。
「速水が？…そうか、牢獄がもぬけの殻だったというのは、そういうことか。あいつ、どうやってこのことを知ったんだか」
しかしそう言って日向の表情が緩んだのもわずかで、遠くでドンという大砲の音が聞こえた瞬間、表情を引き締めた。
「なんだ？今の音は」
「さあ。この白百合館ではなさそうですね」
「位置でいえば、我らが青菫館かもしくは黄仙館のあたりではないでしょうか？」
ざわつきだした騎士たちを前に、日向が鋭く言う。
「立ち話をしている時間はない。
但野、二人を連れて桜王宮に行くんだ」
「はい。
…あの？成瀬隊長は？」
馬を桜王宮の方角へと向かいだそうとしたところで、但野は日向の向いている方角が全く違うことに気づいた。
「俺にはまだ果たしてない約束がある」
「約束？」
怪訝そうな表情を浮かべる但野たちを、日向は追い払うように言った。
「せっかく外に出れたんだ。
久しぶりに黄仙館にでも顔を出しておきたい。
ほら、さっさと行け。
いいか、お前たちの任務は、二人を無事に桜王宮に連れていくことだ。
途中、何か気になっても、後回しにしろ」
但野も碓井も何か言おうとしたが、そんなすきも与えずに日向は桜王宮とは逆の方向へと馬を走らせていた。
「どうする？但野」
「あの人のことだ。きっと何か気になることがあるんだろう。
それに一人でも大丈夫だろうし。
それより、早く戻らねば」
碓井に聞かれた但野はそう答えると、桜王宮へと向かった。
一方、しばらく馬を走らせていた日向は、その光景を見て、思わず馬を止め、降りた。
美しかったはずの緑に囲まれた校舎は激しい炎に包まれていた。
それに魅入られたかのように日向がじっと立ち尽くしていると、おい、と誰かが日向を呼び止めた。
「おまえ誰だ？こっちの住民だなっ」
振り返ると、スコップを手に持ったグレーの制服姿の男が数人立っている。一人がそれを振り上げて、まさに日向の頭に振り下ろした。だが日向はその柄を掴むと、逆にぐっとひねる。
小さなうめき声と共に、男の手からスコップが落ちる。だが周りの男たちは、何が起こったのかわからないといった表情で唖然としていた。
その隙に日向は男の背後に回ると、剣を抜き、男の喉元にあてた。
そして、ようやく日向に向ってスコップを振り上げた男たちを一瞥すると、日向はニヤリと笑って言った。
「お前たちの隊長に伝えろ。
成瀬日向が来たとな」
広間に現れたその姿を見て、しずかは思い切り叫んだ。
「雅！」
人をかき分け、走って向かう。
雅は、但野に支えられながらも、しずかに気がつくと笑顔を見せた。
「しずかさん」
「大丈夫か？」
「ええ」
隣の但野が雅に代わって答える。
白いドレスは泥と血で汚れており、雅の表情にも疲れが出ていた。
「姫は大丈夫です。ちょっとお疲れのようですが。申し訳ないが、姫が横になれる場所はないでしょうか」
但野の声に、近くにいた近衛が動く。
とりあえず用意された椅子に座り、雅は深く息を吐いた。
その様子に少し安堵しながらも、しずかは但野に尋ねた。
「日向は？」
「それが、どうも黄仙館に立ち寄られるとのことでした」
「黄仙館…？」
怪訝そうなしずかに、但野は淡々と答える。
「ええ。約束があるとか、どうとか。
それより、陛下。
気になることが」
雅の様子が気になり、やってきた有世の姿を認めた但野は、すぐさま平伏し、そう有世に告げる。
「どうした？」
「南東の薔薇の園の方から、炎が見えたのですが、何か報告は上がってきていますか？」
その声に、有世たちの視線が一斉に戸田に向けられる。隊長の夏目がいないとあっては、副隊長である戸田が薔薇組の責任者なのだ。
注目の的となった戸田は、しどろもどろになりながら答える。
「…いや、緋薔館のことは何の報告もありません。その、薔薇も色々と事情がありまして…」
但野が戸田の言葉を遮って有世に向かって言う。
「問題ないのであればいいのですが…何やら、大砲めいた音まで聞こえたので」
大砲と聞き、広間がざわめきだしたところで、別の近衛が広間に駆け込んできた。
「申し上げます！陛下」
その近衛の腕には深い傷があり、押さえた手からも血が流れているのが見える。
「おい、大丈夫か？」
「は、はい。
陛下。緊急事態です」
「緊急事態？」
自然と有世の表情がこわばる。
近衛は深く深呼吸をしてから、一気に報告した。
「反乱が起きました」
ごくりと唾を飲み込んだ有世に代わり、しずかが尋ねる。
「反乱って、それは百合の―」
「ではございません。
この学園においてです。
正しくは、塀の外の者たちが、塀の中に押し寄せてきたんです」
「なんだって？」
相川までもが声を上げた。
ざわめきの中で、その近衛は矢継ぎ早に告げる。
「学校は壊され、すでに塀に最も近い領地の青菫館は焼き放たれております。
緋薔館においても、薔薇の園には火が付いているとか。
反乱軍は、黄仙館をアジトとし、更に白百合館も征服しようとしている模様です。
各騎士たちはそれぞれ善戦してはいるものの、多くがこの桜王宮にいるために、かなり厳しい状況です。
こちらに戻るのにも、こんな状況で…」
近衛はそういうと、ふらりとよろめいた。隣にいた別の近衛が慌てて支える。
だがしずかは、その近衛に向って尋ねた。
「日向は？
おい、日向はどうしたんだよ」
思わず近衛の胸倉をつかむしずかを、相川が慌てて止める。
「やめてください、姫」
しずかの手が離れると、近衛は咳きこんでから、苦しそうに答えた。
「も、もうしわけない。そこまでは…」
しずかは両手をだらりと下ろすと、そのまま独り言のように呟いた。
「まさか、日向まで巻き込まれて…」
そこまで言うと、しずかはごくりと唾を飲み込んで言った。
「行かなきゃ」
はっとした有世が、慌てて歩き出そうとしたしずかの腕を捉える。
「しずか、しかし外は危険な状況だ。
であれば、この桜王宮にいた方が安全というもの―」
「それじゃ、日向はどうなるんだよっっ」
広間にしずかの声が轟く。
しずかはそっと有世の腕を離した。
「…行く」
「しずかっ」
「あたしが行かせたんだ、日向を。
あいつに何かあったら、…困るんだよっ」
悲鳴のような声が響いたところで、静まり返った広間には落ち着いた声がその場をなだめるように響いた。
「私も同行しよう」
「夏目っ…」
声のする方に顔をあげたしずかは、思わずそう言って口を閉ざした。
そこには、穏やかな笑顔を浮かべた夏目が立っている。そして、しずかに微笑みかけると、有世に向かって深々と頭を下げてからこう言った。
「陛下、さしあたってはいくらか兵をお借りできますでしょうか。
状況を確認する必要もあるが、話を聞いたところ、簡単にできることでもなさそうですし、
我が薔薇の騎士たちだけで納められるようなことではないようだ」
有世は、しばらく黙って夏目を見つめていた。
そして、まだ興奮状態のしずかを見つめてから、ゆっくりと答えた。
「わかった」
反対したのは、雅だった。
「しずかさんっ。そんな。
危険だわ。
本当に外は危ないのよ」
思わず立ち上がって、しずかの腕を掴むと、そう雅は訴えた。しかし、しずかは笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫だって。
雅は、そんなことよりゆっくり休んでくれよ」
「でも―」
しずかは深く息を吸ってから、真剣な表情で答えた。
「貸しがあるんだよ、日向には。
それに、聞きたいこともな」