３．みどりの日

　４月２９日はみどりの日。国民の休日。
　けれど、ぼくらの家族にも、みどりの日はある。
　それは林檎の気まぐれで、「赤の日」にも「青の日」にもなる。
　誰の提案かは忘れてしまったけれど、ぼくらの家族は、毎月２５日に決まって外食をするのだ。
　その日、皆が駅で待ち合わせをしていた。
　偶然にも、父は緑色のネクタイ。
　母は、緑色のスカーフを。
　そして、僕は緑色の靴を履き、林檎は緑色のセーターを着ていた。
「今日はみどりの日」
　林檎がそう言って、次からはそれが暗号のように使われるようになった。

「それじゃ、明日は黄色の日」
「よし、黄色だな」
「黄色ね」
「え、黄色？」
　僕だけが、驚いた声を上げて、林檎が怪訝そうな顔をした。
「そうよ、壱吾。明日は黄色の日よ」
「でも、俺持ってないよ」
「ほらあったじゃないの。あの－」
「駄目よ、ママ。それじゃつまらないわ」
　林檎がそう言って、母は慌てて口をつぐんだ。
「え、ちょっと待ってよ林檎」
「じゃあね、ヒント。ええと。あたたかいもの」
「そうね。壱吾と林檎と似てるかも」
母がそう答えると、
「えー」
と林檎が叫んだ。
　あたたかくて、ぼくと林檎と似てるだって？！

　そして、２５日の放課後、僕は喫茶店でほのかちゃんとお茶を飲んでいた。困り果てた僕は、ほのかちゃんにＳＯＳを出した。
「あたたかくて、壱吾くんと林檎ちゃんに似てるもの？」
　ほのかちゃんは、ゆっくりとぼくの話を聞き終えてからそう繰り返した。
「そう。なんだけれども。わからないんだ」
　ぼくの今の恰好ときたら、ただの紺色の学生服だ。同じく紺色の制服を着たほのかちゃんは、温かい湯気に、ほほをくぐらせて、そうねぇと答えた。
「壱吾くんは、そのままで集合するの？」
「もし何もないのであれば」
　ないところから、何かを見つけ出すのに、ぼくたちの価値がある。
　変な小細工をすることは、反則と同じことなのだ。
　それでもお互いにいい答えがみつからず、ぼくらは店を出る。
「それじゃあ」
　そういって別れようとしたぼくを、ほのかちゃんがひきとめた。
「いいもの、あげる」
　鞄から出されたのは、黄色いマフラーだった。
「さっき、偶然見つけて、ひとめぼれしたの。絶対に壱吾くんに似合うからって。
　誕生日にプレゼントしようと思ってたんだけど、せっかくだから。あげるね」
　ちなみにぼくの誕生日には、まだ一月以上もある。
　でも、ほのかちゃんはちゃんとぼくの誕生日のことを考えてくれいたのだ。
　ほのかちゃんは、そっとぼくの首にマフラーをかける。あたたかい微笑みと、言葉を添えて。
「早いけど、誕生日。おめでとう」
　ぼくは今すぐにでもほのかちゃんをぎゅっと抱きしめたいと思った。
　けれど、まわりには多くの人が歩いていたし、
　きっとぎゅっと抱きしめたら、離れられなくなりそうだった。
「ありがとう、ほのかちゃん」
　ぼくがそう言うと、ほのかちゃんは、真っ赤なほっぺたをさらに赤くして言った。
「今度、あたしもしたいな。みどりの日」

　最後に現れたぼくを見て、何故か林檎は不機嫌そうに言った。
「なんだ、マフラーか。あ、でもみたことない」
「もらったんだ、ほのかちゃんに」
「壱吾にはもったいない彼女ね」
　意地悪そうに言った僕の妹の肩を抱いて、母がぼくに聞いた。
「結局、壱吾はなぞなぞがとけなかったのね」
「うん。ぜんぜん、まったく、わかりませんでした」
　素直に白旗をあげたぼくに、林檎が教えてくれた。
「手袋のことよ」
　あたたかくて。
　そしてぼくと林檎に似てる？
　その答えは、母が教えてくれた。
「だって、ママにとったら、二人いないと意味がないんだもの」

　家に帰って来て、父が言った。
「じゃ、次はリンゴの日にしようか」
「リンゴか、リンゴね」
「わかったわ」
　母が黙り込んでいるぼくに聞く。
「壱吾は？」
「うん、いいよ」
　だってぼくには、リンゴマークの入った帽子があるのだ。
　だが、そんなぼくが気に入らなかったのか、ふてくされた林檎が言った。
「なんだ、みんなすぐ考え付くのね」
　代わって答えたのは、母だった。
「だったらイチゴの日にしましょう」
「ようし、イチゴだな」
「ふふふ。色じゃないものって楽しいね」
　母と父と林檎は、笑っている。ただ一人、ぼくだけが険しい顔をしていた。
「壱吾は？」
「う…」
　イチゴ柄のものなんて、ぼくは持ってないぞ。
　だって、それこそ、自虐行為そのものだ。
　壱吾にイチゴ。
「あ」
　ぼくと林檎が同時に大声を上げた。
「イチゴのパンツ！」
　林檎が恥じらいも無く叫ぶ。それはぼくが１４歳の時の、林檎からのプレゼント。
　恥ずかしいので、1度も履いたことが無かった。
「それじゃ、イチゴの日に決定」
　林檎がにやりと笑って言った。
「ちゃんとチェックするからね、壱吾」

　その夜、やっぱりほのかちゃんの声が聞きたくなって、ぼくは電話をした。
　今日のぼくらの話をすると、例のごとくほのかちゃんは楽しそうに聞いてくれた。
　ほのかちゃんは、ぼくたちの家族の話が大好きなのだ。
「それじゃあね、壱吾くん」
　電話を切ろうとしたほのかちゃんに、ぼくは名残惜しく思いながらもこう言った。
「おやすみ、ほのかちゃん。あしたは『緑の日』だよ」
　電話越しで、ほのかちゃんが微笑むのがぼくにはわかった。

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