Maybe Blue 第三部 誰かのために
五月闇5
「降り出したわね」
静かな雨音に気付いて窓辺に立った紗依がそう言った。
ここ三日ほど、凪浜の天気はずっと雨だった。
例年より少し早いが、梅雨入りをしたのだ。
そしてこの雨のおかげで、テスト期間を終えて、思う存分練習をしたいと思う部員とは裏腹に、サッカー部は練習場所にいつも悩まされることになる。
「今日は止むって天気予報で言ってたのにな」
萌子は箸を置くと、紗依の見ている方向を同じように見つめた。
四時間目が終わると萌子は弁当を持ち、紗依のいる保健室にやってくる。
紗依は何も聞かずに、萌子と顔を突き合わせながらこうして他愛もない会話をしながら昼食をとってくれている。
少しすると、昼食を食べ終えた生徒たちが保健室にやってくるので、その頃になると萌子は図書室へと向かう。
それが、このところの萌子の行動パターンだ。
教室に居たくない理由は、他の生徒たちからの視線が冷たいからではない。
疎外されることは、幼いころから何度も経験しているし、今回はその原因が自分自身にあると萌子がよくわかっていた。
自業自得。
だから、耐えられる。
けれど、成と祥子が二人で話している姿は、いつ見ても萌子の心をざわつかせた。
思いがけず微笑みあう二人を見た時などは、二人はもう心を通わせ始めているのだと感じ、居てもたってもいられずに教室を飛び出してしまう。
この保健室以外で、萌子の居場所はもはや部室にも、グラウンドにもなかったのだ。
「…ようかなと思ってるの」
今日もそうして目の当たりにした光景を思い出し、胸を詰まらせている萌子に、紗依の呟きが響いてきた。え？と聞き返すと、紗依は萌子を振りかえることなく答えた。
「お見合い、しようかなって」
「どうして…ですか？」
咄嗟にそう答えのは、萌子が紗依には好きな相手がいることを気付き始めているからだ。
そしてその相手が既婚者の石橋であり、石橋には紗依に対して何の感情もないことも、萌子は気付いていた。
それが叶わぬ恋だとしても、紗依が他の男と見合いをすると萌子は思っていなかったのだ。
そうとは知らない紗依は、くすりと笑うと振りかえって答えた。
「どうしてって…私も、それなりの年だし、母親がね、いい人だから、会ってみたらって」
「それで…いいんですか？」
自分の経験から、萌子は不倫は許せないものだと思っている。
けれど、逃げるように他の男を選んで、そうして、幸せになれるのだろうかと思わず尋ねた。
紗依は少し首を傾げてから、再び窓の景色に視線を戻して答えた。
「わからないわ」
朔哉と付き合うことにした時、少なくとも萌子は成を忘れるためにとは思っていなかった。
史央に付き合ってほしいと言われた時は、成を忘れられるかもしれないと、一瞬心が動いた。
だが、萌子にはそれはできなかった。
無意識だったか、意識していたかの違いがあるとはいえ、朔哉を深く傷つけていたことを思うと、同じように史央を深く傷つけることはできなかった。
先生は、誰かを傷つけてもいいから、監督のこと忘れたいの？
そうは聞けずにいる萌子に、紗依は持っていたカップからコーヒーを一口飲むと、強いはっきりとした口調で答えた。
「でも、前に進みたいの」
前に進む。
それは、やはり石橋を忘れたいと言うことなのだろうか。
それとも、単純に次の恋をしたいということなのだろうか。
一瞬だけ、右京のことが思い浮かんだ。
右京は、先生にとって、どんな存在なんだろう。
二人の間に流れる音は、しとしとと降り続ける静かな雨音だけだった。
萌子は勇気を出して聞いてみることにした。
「あの先生。一度聞きたかったんですけど―」
「聞いた？サッカー部の沢木さんの話」
その時、開け放たれた窓の外から聞こえてきた自分の名前に、思わず萌子は口を閉ざした。
どうやら、保健室の近くにある渡り廊下を歩いている生徒たちの会話が、風に乗って聞こえてきているようだ。
「聞いた聞いた。びっくりしたよねー。この三カ月で三人目でしょう？
真面目そうに見えるのに、意外」
「そういう子の方が、意外と大胆なんだって。おまけに今度の彼氏もカッコイイらしいよ」
「えーっ、だったら一人くらいこっちに回して欲しい、あ…」
そのうちの一人が、保健室にいる萌子に気付いたらしい。噂話をしていた女子生徒たちは、そそくさと渡り廊下を駆け出して行った。
静かになったところで、紗依が呟く。
「しばらくしたら、誰も何も言わなくなるわ」
「ありがとうございます」
「素敵な彼氏みたいね」
自分がついた嘘が、ここまで大きくなるとは思っていなかった萌子は、咄嗟に笑って誤魔化す。
話したのは、理香と成たち、一部のサッカー部員だけだったはずなのに、気付けば学校中が萌子が成と別れ、他校生と付き合い始めたことを知っていた。
確かに史央は、彼氏であれば最高の相手なのだろう。
自ら約束した通り、昨日も史央からは電話があった。
内容は他愛もないこと。基本的に史央が話す時間の方が長いが、それでも合間で史央が萌子のことを気遣っているのがわかる。
今の萌子にとっては、保健室で過ごす時間と同じくらい、史央との電話は数少ない安らげる時間でもあった。
この大事な時間に、嘘をつくのは心苦しい。
萌子は紗依に本当の話をしようかと口を開いた。
「先生、実は…」
その時ドアがノックされて、湊が顔を出した。
「ここにいたんだ、萌子」
「どうしたの？」
萌子の問いかけに、湊はああと答える。
「校長が呼んでる」
「校長先生が？」
いくら考えても、校長から呼び出されるような身に覚えのあることはない。
腑に落ちない表情の萌子に、湊も首をかしげながら答えた。
「用件はわからないんだけど、とにかく早く校長室に来てくれって」
言われた通り、校長室の前まで来た萌子は、ドアをノックしようと手を上げたところで、中から響いてきた声に思わずその手を留めた。
「お願いしますっ」
胸を突くような真剣なその声は、石橋のものだ。
それに応えるように校長の声が聞こえた。
「頭をあげなさい、石橋君」
萌子は上げていた手を下す。
石橋の話はどうも長くなりそうだ。
出直すべきかどうか悩んでいる萌子に、石橋の声が聞こえてくる。
「今度の遠征試合は、次の全国大会にも影響がある試合なんです。お願いして、ようやく練習試合してもらえることになった強豪校なんです。
今更お断りすれば、申し訳が立たないし、何より生徒たちの為にもなりません。
何とかお願いします。補助金は、昨年同様に、お願いします」
その強豪校のことは、萌子もよく知っていた。何度も練習試合を申し出ているものの、スケジュールがなかなか合わず、二年目にしてようやく実現した練習試合だった。
補助金のことは、萌子も知っている。
サッカー部は全国大会で優勝した恩恵を今も受け続け、他の部活より優遇された立場にいる。そのおかげで、数多くの遠征試合にも行くことができているのだ。
その補助金がなくなるとなれば、遠征に行くにも実費負担になる。当然、試合数は減る。
遠征が全てではないが、それで得られる経験が、今までの凪高を培ってきたとも言えることを考えると、全国制覇を目指している現状としては減らされては困る。
静まり返った校長室からは、校長の咳払いの声が聞こえてきた。
「確かに、三年前の全国大会優勝を受けて、我が高はサッカー部に全力支援してきた。
サッカー部用のグラウンドも用意した。
遠征用のバスも用意した。
だが、どうだね。去年の秋からは、県の大会ですら優勝できずにいる」
「それは―」
「おまけに、去年の秋は県大会前に暴力事件に巻き込まれそうにもなった。他の部からもサッカー部だけ贔屓するのはどうかという声が上がっているんだ」
重い沈黙の後に、石橋が口を開く。
「…それは、理事長のご意見なのでしょうか」
「石橋君」
低く唸るように言った石橋を校長が咎めたが、石橋はそれを押し切って話を続けた。
「理事長のお孫さんが、ハンドボール部に入部した。だから今回の補助金はハンドボール部と折半ということなのでしょう？」
最後には声を張り上げた石橋に、校長は深いため息をついて尤もらしく答えた。
「ハンドボール部は、調子がいい。
この前の県大会でも優勝した。
評価も高く、インターハイでも優勝候補の一つだそうだ。
可能性のある部活動を支援するということは当然の判断だ」
「だったら我がサッカー部にも、今まで通りの―」
必死な石橋の声を蹴散らすように、校長は咳払いを再びしてから答えた。
「君が、一生懸命なのはわかっているよ、石橋君。
だが、聞いたところによれば、奥さんが子供を連れて実家に戻ってるそうじゃないか。
部活動を頑張るのも結構だが、まずは君自身の家のことをきちんとすべきじゃないのか」
萌子は思わず息をのんだ。
確かに振り返れば、たまに練習や試合に顔を出していた石橋の妻の姿はない。
それに、石橋の服装についても、以前とは違い、どこかしわの寄ったものばかり着ていた。
どうして気付かなかったんだろうと、自分を責める萌子を置いて、中では石橋が低い声で答えていた。
「…それは、私個人の問題で、生徒たちには関係のないことです。
お願いします。この通りです。選手たちには、サッカーにだけ専念させてやりたいんです。
どうか、今までの援助をお願いします」
どうか…と言葉を詰まらせる石橋の声に、思わず萌子はノックもせずに、校長室のドアを開けていた。
「私からもお願いしますっ、校長先生」
「沢木…」
土下座をしていた石橋が顔をあげて、萌子を振りかえる。出て行けと目が言っていたが、萌子は無視して校長に訴えた。
「確かに今のサッカー部は、システムを変えてから、まだうまくそれが作動してなくて、調子が上がりません。
でも、もう少しでそれが完成するんです。
そうしたら、私は去年全国大会で二連覇したチームにも、三年前選手権で優勝したチームにも劣らない最強のチームができると信じてます」
立ちあがった石橋が、萌子に向かって口を開こうとしたところで、校長が間に入った。
「ああ、彼女は私が呼んだんだよ」
「そもそも、どういうことなんですか？サッカー部の活動補助金が減額だなんて…」
興奮してる萌子に、校長は溜め息をついた。
「君を呼んだのはそんな話を聞かせるためじゃない。
石橋君、君が悪い。沢木さんのことで呼び出したのに、君がサッカー部の予算の話を持ち出すから、ややこしいことになった。
沢木さん、これは知ってるね」
校長はそう言うと、机の上に置いてあった封書を萌子に差し出した。受け取った萌子は、中の書類を出して読み上げる。
「…ミスハイスクールコンテスト？一次予選通過のお知らせ…いえ、知りません」
だがその宛先は、確かに萌子の名前になっている。
補助金の話もあり、混乱している萌子を席に座るように勧めて、校長はゆっくりと話を続けた。
「それじゃあ誰かが推薦してくれたんだろう。
おめでとう、君は一次予選を通過した。
我が高としても、喜ばしいことだ。是非二次予選でも頑張ってきてもらいたい」
立ったまま黙っている萌子に代わり、石橋が校長に尋ねた。
「何ですか？その…ミスハイスクールとか何とかとは」
「全国の高校生の美を競う大会だよ。
条件の一つに、通学する高校の制服を着ることを義務付けている。確認ということで私のところに連絡が入った。
もちろん、我が高としては問題ないと答えたよ。
むしろ大歓迎だ。我が高の名前が全国に伝わることは喜ばしいことだからね」
笑顔の校長に、萌子は訴えかけるように言った。
「でも私知りません。こんな大会、出場しません」
「どうして？こんなチャンス、滅多にないぞ」
「興味がありません。それに、二次予選の日は、サッカー部の関東大会の試合が入っていますから、実際無理です」
その日は関東大会の初戦の日だった。
スタメン選手のいるＡチームを担当している萌子は、当然そのサポートで関東大会に行かねばならない。
しかし、校長は腕組みをして少し悩んでから、気付いたように答えた。
「だったら別の人間が君の代わりに入ればいい。マネージャーは他にも何人かいたはずだ。
でもこの大会には、君の代わりはいない」
「でも」
「それとも、君がいなければ、サッカー部はその試合に負けてしまうほど、弱いチームなのかね」
「それは…」
校長が、さっきの自分の発言についても言及しているのがわかり、萌子は黙り込んだ。
そんなことはないと言えば、必然萌子が二次予選に出れるということにもなってしまう。
石橋が小さくため息をついて、間に割って入った。
「沢木、もういい。
校長、本人が嫌がっているのに、出場させる理由はありません。この件はお断りください」
そう言うと、石橋は萌子の腕を無理やりに取って、校長室を出て行こうとした。校長は何か言いたそうに萌子を見て、深くため息をついている。
ふと思い立って、萌子は足を止めると、振り返って校長に尋ねた。
「校長先生。…もし、私が二次予選に出たら、サッカー部の補助金を今まで通りにしてもらえますか？」
「沢木」
怒りを抑えた石橋の声に被るように、校長が答えた。
「考えてみよう」
校長室を出たところで、石橋は萌子に言った。
「沢木、補助金の話にお前は関係ない。無理することはない。嫌なものは断ればいい」
校長がなぜ乗り気なのか、石橋には想像がついていた。校長は、サッカー部がダメなら、他の方法で凪浜高校の名をあげることが大事だと思っているのだ。だがそれはあくまでも学校の経営方針であり、教育を受ける側の生徒を巻き込ませることではない。
苛立ちから、石橋が強く息を吐くと、萌子が心配そうに声をあげた。
「でも監督、補助金が出ないと、遠征の数、減ることになるんですよね」
石橋はあえてそれには答えずにいた。
遠征の数が減れば、公式戦にも影響が出ることは、今まで遠征の数を増やして全国にまで上り詰めた実績からすれば、想像に難くない。
実のところ、今年度から少し補助金の額も減らされていたのだ。
昨年の実績をもとにしたと言われれば仕方ないが、生徒には関係がない。
仕方なく石橋は、資金を自らの貯金から出していた。妻の汐里が出ていったのは、それを無断で行っていた石橋に腹を立てたからだ。
これ以上持ち出せば、娘たちの教育費にも手をつけることになり、それこそ「娘とサッカーとどっちが大事なの？」と怒鳴って出て言った汐里の怒りを更に買うことになる。
黙りこんだ石橋を見つめていた萌子は、小さくわかりましたと答えた。
「だったら、出場します。
大丈夫です、一度出れば終わりだろうし。
それよりサッカー部に迷惑かけないかが、気になります」
萌子はそうにこやかに言う。
初めは入部を拒否していた萌子との付き合いも、もう三年目になり、石橋も萌子の性格をそれなりにわかっていた。だから、人前に出るようなことが意外と苦手な萌子の性格もわかっている。
しかし…と一瞬、顔をしかめて、石橋は答えた。
「大丈夫だ。それは、何とかする」
噛みしめた奥歯の隙間から絞り出すように石橋は言った。
「申し訳ない、沢木」
萌子は無言で首を振る。
「監督、それより…。家のこと、大丈夫ですか？」
「つまらない痴話喧嘩だ。気にするな」
石橋はそう答えると、体育教官室へと戻っていった。
昼休み、教室で雑誌を読んでいた理香の前に、一枚の紙が置かれた。顔を上げると、萌子が仁王立ちになっている。
「これ、理香がやったの？」
「なに？ミスハイスクールコンテスト、一次予選通過のお知らせ…って、え？萌子が？
ミスハイスクールって、例のミスコンのこと？」
理香がそう答えると、萌子はため息交じりに呟いた。
「知ってるのね」
「有名だもん。雑誌でいっぱい募集してた。萌子知らないの？っていうか、萌子応募してたの？」
「私以外の誰かがね」
萌子が深くため息をつく。どうやら理香ではないらしい。
こういうミーハーなことが好きな理香が萌子に黙って応募したのだと思っていたのだが、どうやら当ては外れてしまったようだ。
「うわー、応援に行きたいけど、これって、関東大会と一緒の日なんだ」
そこに、教室にいた篤志が話に加わってきた。
「知朗じゃないか？」
だがそれを理香が否定する。
「それはないよ。知くん、アイドルとかそういうのチャラチャラしてて嫌いだもん」
「それじゃ誰だよ」
うーんと理香が腕組みをして考え込むと、思いついたと手を叩いた。
「あ、例えば、今川君とか」
「それはない」
萌子に即答されて、理香は気まずそうに、そっかと答えた。
どうやら理香でも篤志でもないらしい。
それに、犯人が分かったとしても、校長との約束がなくなるわけではない。
萌子は諦めることにした。
「とにかく、わかった。ごめんね」
教室を出て行こうとした萌子に、篤志が声をかける。
「事務局に問い合わせたらわかるかもしれないけど、でも断るんだったら、聞くまでもないんじゃないか？」
「…そうだね」
萌子はそう答えると、廊下に出た。
萌子自身もそうだったように、ミスコン予選と関東大会だと、篤志のように関東大会を取ると考えるのが普通なのだ。
それなのに、ミスコンを取るってなったら、皆怒るかな。
溜め息をつきながら、自分の教室に入ろうとした萌子の目に映ったのは、廊下で話している成と祥子の姿だった。
条件反射のように、萌子は踵を返し、教室とは反対の方向に走ろうとしたところで、声をかけられた。
「萌子」
顔を上げると少し戸惑い気味の表情で由太が立っている。
「どうしたの？」
「校長に呼ばれたって聞いたが、何かあったのか？」
サッカー部の問題なのかと気にする由太は、部長として本当にふさわしいと思いながら、萌子は答える。
「ううん何でもない。大した話じゃなかったから」
今日校長室で聞いてしまった話は、部員の誰にも話せないと萌子は思った。
選手にはサッカーに専念させてやりたいという石橋の考えは、萌子も同じだ。
その時、五時間目が始まるチャイムが鳴った。
「授業、はじまっちゃうね。それじゃ」
萌子はそう答えると、再び振り返り、自分の教室に入っていく。
おい待てと追いかけようとしたが、その前に萌子は姿を消していた。
由太にとっても、萌子は知り合って三年目だ。
何か隠し事があると、何も言わなくなる萌子の性格は、もうわかっている。
何があったんだ？
そんな萌子の様子を見つめて由太が溜め息をつくと、廊下の向こう側で同じように萌子の姿を見つめていた成と目があった。
昼休み。
川城高校の教室の隅では、巧による尋問が始まっていた。
史央としては、誰にも萌子が泊まったことを話していなかったのに、どうやら幸央が巧に話したらしい。
昨日の電話の内容まで話したところで、巧がにやりと笑って言った。
「へぇ、結構いい感じじゃん。
このままだと、簡単に落とせるぜ。
これで凪浜のやつらの鼻も明かせる」
鼻で笑っている巧を見て、史央はその名前を呼ぶと、真剣に話した。
「もしお前が、沢木とのことをただ凪浜のサッカー部のマネージャーだから応援してるって言うんだったら、俺はもう沢木とのことはお前に話すつもりはない。
俺は別に、沢木が凪浜のマネージャーだから、付き合いたいって思ったわけじゃないし、それに断られたのも事実だ」
はっきりそう言ったが、巧は真剣には受け止めずに、けどよ、と切り返してきた。
「けどよ、御木本の情報だと、沢木萌子自身がお前と付き合ってるって言ったらしいぜ。
簡単にＯＫして、軽い女だと思われるのが嫌だったんじゃねぇの？
まあどっちにしても、フッてもお前の電話に出るってことは、脈ありってことだぜ。頑張れよ」
本当にわかってるのかと溜め息をついたところで、クラスメートが史央に声をかけてきた。
「史央、呼んでる」
クラスメートはそう言って廊下を指さす。
何が言いたいのかは、言われなくてもわかった。
「わかった、今行く」
席を立つ史央に、巧はエールを送った。
「相変わらずひつこい女だな」
史央の背中が教室から消えたところで、巧は小さくため息をつく。
しかしその表情は満足げだった。
史央はああ言ったけれど、もし史央がダメだったら、次は自分がやってやろうと思っていた。
沢木萌子だからじゃない。
凪浜高校サッカー部のマネージャーだから、だ。
二年前の屈辱は、まだ巧の中では色濃く残っている。
大嫌いな練習を続けてきたのも、あの時の悔しい気持ちを晴らすためだった。
そして今、あの時手に入れられなかったものにまで、あと一歩という距離に来ている。
巧は机の上で両手を組むと、そこに顎をのせ、呟いた。
「あともうひと押しだな。
絶対に、あいつらの無駄に高いプライドをへし折ってやる」