Maybe Blue 第二部 凪より愛をこめて
神無月13
諏訪学園は、ちょうど五時間目の授業が終わった時間らしく、ちらほらではあるが校門の前を生徒が通り過ぎていた。瑛子がそうしていたように、萌子も校門の前に立ち、誰か南田を知っていそうな人が通るのを待っていた。
痩せ型のモデル体型で、ワイルド。
理香から言われたけれど、どう思い返しても、南田の顔は思い出せない。
しかもユニホームを着てないとなると、尚更だ。
萌子が小さくため息をついたところで、中肉中背の男が声をかけてきた。
「ねえ、君。誰か待ってるの？暇ならさ―」
「あの、サッカー部の南田さんっていますか？」
南田の名前を聞いたところで、男は顔をしかめる。
「またあいつかよ。悪いけど、あいつは女癖悪いぜ」
「どこにいます？」
一歩も引かない萌子に、男はため息をついて校舎の方を振り返ると、ほら、と指をさした。
「ほら。あそこ歩いてるやつだよ」
そこには、確かにモデル体型で、長めの髪を風になびかせながら歩いている男がいた。
周囲に鋭く目を配ってるところが、ワイルド？
萌子はそう思いながらも、歩いてきたその男に声をかける。
「南田さん？」
男は足を止めると、まじまじと萌子を見回した。
「ああ、そうだけど。…あんた、凪浜の？」
顔が少しだけにやりと歪んだ。笑いかけたのかもしれないが、萌子にとってはどうでもいいことだった。
「沢木萌子。知っててくれるなら、話は早いわ」
「俺に何の用だ？」
萌子はくっと顔をあげると、一気に南田に平手打ちをかました。
パシッと乾いた音が響く。
そして不意打ちをくらい、俯いた南田に萌子は罵声を浴びせた。
「あなたって最低ねっ」
すると南田は叩かれた頬に手をあげながらすぐに顔を上げた。
「いってぇ。…何すんだよっ」
長身の南田に見下ろされるようになった萌子だが、それでも一歩も引かなかった。
「最低の男だって言ってるのよ。勝負したいなら、正々堂々すればいいじゃない。自分の彼女利用して、裏から手をまわして人を嵌めるなんて、人として最低だわ」
「んだとぉ」
頭にきた南田が、思わず手を上げた時だった。咄嗟に身がまえた萌子の前に、見覚えのある背中が立った。
「…間に合った」
走ってきたのか、その肩は大きく上下に動いていた。
萌子は唇を噛みしめながらその名前を呼ぶ。
「朔哉さん…」
驚いてはいる萌子だったが、それでも心のどこかでは予感していた。朔哉なら、助けにきてくれる、と。
朔哉は萌子を振り返ることなく、振り上げた南田の手を掴んだままに、言った。
「南田。女に手をあげるなんて、お前はやっぱり最低な男だな」
冷静な朔哉に、逆上したように南田が怒鳴り返す。
「先に手を出したのは、そっちじゃねぇかっ」
そうして南田は大きく手を振り、朔哉の手を振り払った。しかし目は相変わらず朔哉を睨みつけている。きっかけがあれば、すぐにでもまた手を挙げかねない勢いだった。だが、あくまでも朔哉の声は冷静だった。
「そのくらいで済めば十分だろう。それとも、もっと殴られたいのか？」
背後にいる萌子には見えなかったが、朔哉も南田に負けないくらい睨み返していたのだ。むしろ南田が萌子を殴ろうとしていたことで、朔哉は怒りに燃えていた。殴りかかって来そうな朔哉に、南田はふんと鼻で笑うと、にんまりと微笑んで答えた。
「お前が殴るって言うのかよ。いいのか？それで」
「俺が殴るまでもない。深田商業の竹田にお前の名前を出せばいいだけだ。悪いが竹田は容赦ないぞ。喧嘩慣れした仲間もたくさんいるしな。
それに、せっかく手に入れかけた大学のスポーツ推薦、なくなってもいいのか？」
南田のにやけた顔が、その瞬間一気に白くなる。
言葉を無くした南田に、朔哉は低い声を震わせて言った。
「いいか、今度また凪浜の人間に手を出したら、その時は俺が許さない。殴っただけじゃ済まさないから、覚悟しておけ」
そういうと朔哉はくるりと振り返り、萌子の手を掴むと諏訪学園を後に歩き始めた。
息を切らせていた成は、南田が畜生と叫んで手に持っていた鞄を床に投げつけるのを遠くから見ていた。周囲はそんな南田を遠目で見つめながらも、何事もな かったかのように皆学校を去っていく。近くで見ていた男子生徒が「だから男のいる女に手ぇだすなって言ったろ？学習しろよ」と声をかけている。どうやら 南田はそういう男らしい。大事にならなかったことを成が安心していると、険しい表情の朔哉が、少し戸惑っている萌子の手を強引に引きながら自分のすぐそばを通ろうとした。成は思わず壁に身を潜めた。
「待って、朔哉さんっ」
萌子の声が聞こえるが、朔哉は少しも足を緩めないようだ。その背中を見て、自分がつねに朔哉の背中を見て歩いていることに気づいた。成も南田の正体に気づいて、萌子の教室に行ったのだ。だが当然のように萌子はもう南田の所に出向いた後で、朔哉もすでにそんな萌子を追いかけた後だった。それでも成は、急いで二人の後を追いかけた。だが結果は、朔哉が萌子を助けた。
あと少し早かったら、ああして萌子を守っていたのは自分だったかもしれない。
…だが、いつもその「あと少し」が自分には足りない。
そう心の中で呟いたところで、成はあっと気づく。
完敗だって、そう福山さんに言ったのは、俺じゃないか。
萌子のことだって、そうだ。
こんな俺よりも、きっと福山さんの方が萌子を幸せにできるはずだって思ったのも、自分じゃないか。
倉庫の時だって、目の前のことに対応するのに精いっぱいで、福山さんに言われて萌子を逃がした方がいいことにきづいたし、さっきの場面だって、自分だったらきっと南田を殴って、騒ぎを起こして、萌子を困らせていたかもしれないというのに。
あと少し、どころじゃない。
まだまだ、全然、足りてない。
「バカ…だな」
俺って。
昨日そう思って、そう決心したはずだったのに。
ほんと…バカ。
壁に背中をつけたまま、成はずるずると床に腰を下ろす。
見上げた空は、抜けるように青く、雲ひとつない快晴だった。
「ちょっと待って、朔哉さん」
スタスタと無言のまま歩き続ける朔哉に思わず萌子はそう話しかける。だが、朔哉は振り返ることもなく、また足を止める様子もなく、萌子の手を半ば強引に引っ張り続けている。
「ねえってば」
それでも朔哉は萌子を引く手をやめない。仕方なく萌子は駆け出すと、朔哉の前に立ちふさがった。
「どうしたの？朔哉さん」
目の前に立たれた朔哉は、流石に足を止めるしかなかった。そして、俯いていた顔を萌子に向きなおして、尋ねた。
「萌子はわからないのか？」
「え」
「教室に行ったら、萌子はいないって聞いた時の俺の気持ち」
朔哉の表情が、怒りと不安と困惑であふれていることに、萌子は朔哉に向き直ったその時初めて気づいた。
「急いで追いかけた。萌子がどうか南田の所に行っていないようにと願った。行っていたとしても、喧嘩になっていないようにと願った。
どうか萌子が、無事でいてくれますように、司のようなことにはならないように」
朔哉だって萌子の時に猪突猛進な性格を知らないわけではない。だけどそれは、多くが付き合う前の話だったはずだ。付き合い始めて朔哉の意識が変わったのはそこだ。
萌子は自分が守らなければならない。
その気持ちが、一層強くなった。
朔哉の言葉を聞き、少し興奮していた萌子は、肩の力を落とした。
「…ごめんなさい。でも、私。許せなかったの、ああいうことする人―」
「俺だって許せない」
朔哉は萌子の言葉を遮ると、そう言って萌子をじっと見つめた。
「だけど、萌子に無事でいてもらう方が大事なことだから。その為だったら、他はどうなっても構わないんだ」
「…朔哉さん」
萌子はそう呟いてから、もう一度ごめんなさいと言った。
「だから、今度どこかに行く時は、せめて俺に一言言ってほしい」
「…わかった」
項垂れる萌子を、朔哉がそっと抱きしめた。
「わかってくれればいいんだ。萌子の隣には、いつも萌子のことを心配してる俺がいるってことを。
俺だって、あいつのこと、殴ってやりたかった」
南田を殴って、司の怪我が治るんであれば、司が戻って来れるんであれば。
だけど、そういうことにはならない。
朔哉は、萌子の背中にまわした手を握りしめると、強く唇をかみしめた。
…どうして、あいつを止められなかったんだろう。
どうして、司の変化に気づいてやれなかったんだろう。
『俺のせいで、あんなことに…』
昨日言われた成の言葉が、朔哉の脳裏に過る。
思いは一緒だった。
だから、朔哉は言ったのだ。
『仕方なかったんだ。
どうしようもなかった。
ただ、俺たちは罪を背負った。
この罪を償うためにも、俺たちは選手権で優勝しなければならない。絶対に』
決して前向きにそう感じたのではない。
そう思っていなければ、罪の重さに耐えきれないと思ったのだ。
第一あれは、良次の言葉だ。
良次が朔哉の気持ちを楽にする為に、言ってくれた言葉だ。
だが、成はそれを聞いて、素直に受け止めた。
そして、朔哉を称賛したのだ。
『その、なんて言うか、完敗、です』
敵に、素直に自分の負けを認められる強さ。
あいつには、それがある。
しなやかなバネのような、強さが。
だからこそ、負けたくない。
渡したくない。
朔哉は一層抱き寄せる腕に力を入れた。
「失礼します」
と言って萌子は職員室を出た。昨日の五時間目と六時間目、授業をさぼったことは学校にはばれずに済んだ。これも、理香と紗依のおかげだ。だが、保健室で休んだのに、部活には参加したということで、心配した担任から呼び出されたのだ。
「今部活が大変な時期なのはわかるが、それで体を壊していたら、本末転倒だろう。気をつけるように」
大したお小言ではなく、助かったと職員室を出た途端、萌子は安堵のため息をついた。そして教室に戻ろうとしたところで、ふと同じように職員室から成が出てくるのが見えた。成も、ドアを閉めたところで萌子に気づき、軽く手を上げた。
歩きながらお互い教室に戻るまで、二人は話を続けていた。
「そういえば、南田って人のこと―」
「聞いたよ。福山さんから」
南田のことを知るのは、萌子と朔哉以外には成しかいなかった。朔哉と成が話しているところをあまり見ないからと萌子は話を切り出したのだが、そう聞いて少し意外だと思いながら安心していた。
「萌子が押し掛けて殴り付けた話も聞いた」
軽くファイティングポーズまでつける成を見て、萌子は頬を膨らませた。
「もう、余計なんだから…」
「心配してたんだよ、福山さん。萌子のこと、本当に大事なんだな」
萌子に朔哉のことを語る成というのも、萌子にとっては少し意外だった。今までの成は、朔哉のことは遠目から見ているだけという印象だったのだ。そして成は萌子が思ってもみなかった言葉を口にした。
「あの人なら、萌子のこと幸せにできる」
「え」
驚いて声をあげた萌子に、成はにこりと笑いかける。
「だってそうだろ。昨日だって、朔哉さんが助けに来なかったら、きっと大変なことになってた。あの時だって、萌子を逃がすことを一番に考えてくれて―」
萌子は成の言葉に足を止めると、ぽつりと独り言のように呟いた。
「でも私は、そんなこと望んでなかったわ」
数歩先を歩いていた成が、萌子が足を止めたことにようやく気付いて振り返った。
「…萌子？」
それはずっと萌子が心の底で思っていたことだった。
「一人だけ助かるようなこと、したくなかった。むしろ、選手のことを守るのがマネージャーの仕事だと思ったわ」
「萌子のことを思ってだよ」
成に朔哉の味方をされた気持になって、思わず萌子は叫んだ。
「でも私の気持ちを無視してるっ。それに仮に一人助かっても、よかったなんて思えないもの。私だけ助けるんじゃなくて、私はあの時、一緒に立ち向かってほしかったの」
すべて抱えていた気持ちを吐いたところで、萌子ははっと気づいた。目の前で成が、心配そうに萌子を見つめている。
「…ごめんなさい。わかってるの。朔哉さんは悪くないって。だけど…私」
どうしてこんなことを成に言ってしまったんだろうかと萌子は戸惑っていた。黙り込んだ萌子に、成は優しく話しかける。
「好きな人を傷つけたくない。その為なら、自分はどうなってもいい。男だったら、誰だってそう思うよ」
大槻さんだって、と思わず言いそうになり成は口を閉ざした。この場で言うには不謹慎な気もしたし、それに何より俯いてしまった萌子のことが気になっていた。
「ごめん、別に諭すつもりなんかなくて―」
「いいの。私が…。昨日寝るの遅くなっちゃってあまり寝てないの。だから、気が立ってるみたい」
ごめんね、と萌子は軽く笑ってみせる。だが、心に何かがひっかかり、うまく笑えたようには思えなかった。それでも、成は萌子に笑いかけてくれた。
「試合が続くから、睡眠は十分取った方がいいよ。マネージャーは特に朝も早いんだし」
「うん、でも。…家のことやらないと。お母さん、仕事忙しいから最近遅いの」
普段ならあまり言わない家のことも、どうしてかするりと口にすることができる。
「そうか、大変そうだね」
成も何事もないようにそう答えた。だからなのか萌子も自然と答えていた。
「うん、でも、お父さんと同じ仕事やるようになって。二人して楽しそうに仕事してる」
「それじゃ、萌子が淋しいな」
「え」
言い当てられて思わずそう口すると、成が逆に驚いた様子で答えた。
「だって、仲間外れみたいだろ？」
仲間外れ。
萌子はその言葉を胸の中で繰り返した。
黙り込んだ萌子に気づいて、成は気まずそうな表情になる。
「…おかしなこと言ってごめん」
「ううん」
寧ろ、その言葉はしっくりと萌子の心になじむ。
そうなのだ。
萌子としては、父と別居してから、ずっと母と頑張ってきていたつもりだったのだ。もちろん、やり直すことは萌子の希望でもあったが、そうして三人一緒にスタートを切ったつもりだったのに、気づけば母は父と一緒、自分だけ一人家にいることが多く、そのことにどこか淋しさを感じていたのだ。
私は三人一緒に、食卓を囲みたかったんだ。家族全員で。
ずっと靄のかかっていた気持ちが、成の言葉ですっきりしたような気がした。
「話してみたら？もう少し早く帰ってきてもらうように」
成はごく普通にそう言った。萌子は両親が仲良く帰宅する時のことを思い返した。
あの二人が、仕事を通して関係をやり直しているのだとすれば、そんなこと言わない方がいいのかも知れない。
それに。
「でも…。お仕事だから」
萌子がそういうと、成はでもさ、と言った。
「萌子が帰ってきてほしいって言えば、きっとおじさんだっておばさんだって考えるよ」
「そう、かな」
かつて自分が原因となったような喧嘩を、二人がしていたことを思い出す。子は鎹（かすがい）だ、というけれど、自分はそんな存在じゃなく、二人を引き裂いている元凶なのではないかとあの時は思った。けれど、成は力強く言った。
「そうだよ。まあもし淋しくなったら、寮にでもくればいいよ。皆いるし、むしろ一人の時間が欲しいって思うくらいうるさいかもしれないけど」
くすりと成が笑う。萌子はその笑みにつられて笑うと、
「ありがとう」
と答えた。
それから数日後、試合を翌日に控えた日、萌子は朔哉と一緒に司の所に見舞うことにしていた。どうしても行きたいと朔哉が石橋に直談判したところ、石橋も司の母親と話をして、大丈夫そうだと判断したらしい。練習の後だから、面会時間ぎりぎりだったものの、教えられた病室からは明かりがもれていた。司の眠るベッドのカーテンを開けた途端、萌子は声を上げた。
「おっ、大槻先輩っ！！」
そこには今にも看護婦とキスをしそうな司がいたのだ。
「あ…よう」
気づいた司は、そう萌子に声をかけた。司に腰に手を回されていた看護婦はきまり悪そうに病室を出て行く。
「よう、じゃないわよっ、何してるんですかっ、病院でっ」
萌子は怒って司を怒鳴りつける。
「あーあー、相変わらずうるせぇなぁ、お前はっ」
同じく怒鳴り返してきた司を、萌子は思い切り睨みつける。
「あのさ、ここ個室じゃないから、少しは静かにしろよ、二人とも」
朔哉にそう言われて萌子は仕方なく腕組みをすると、壁にもたれかかった。
「お前も相変わらずだな」
「いいもんだぜ、看護婦ってのも」
ニヤリと笑って朔哉を見つめる司に、萌子は呆れて言った。
「しんじらんないっ」
朔哉はため息交じりにそんな萌子を宥める。
「萌子、落ち着いてって。そうだ、花頼むよ。この花瓶に。で、司はどうだ？調子」
萌子は大人しく朔哉から花瓶を受け取ると、持ってきた花を手にいったん病室を出た。その様子をじっくり眺めて、司はベッドで大きく伸びをしながら朔哉に答えた。
「さぁな。一応、順調らしいけどな」
「そうか…」
黙ってしまった朔哉に、反対に司が尋ねる。
「そっちはどうだ？」
一瞬の間があってから、朔哉が答える。
「どうもこうもないってとこ、かな」
本当は問題だらけだ。ただでさえ中心選手である右京がいない。おまけに司の代わりに入った樹生は、パートナーである知朗となかなか折り合いがうまくいかないようだ。
攻撃陣がガタガタだ。
お前のいなくなったせいだぞ。
軽く笑ってそう言えたら、どんなに楽か。
だが、そんなこと言えるわけもなかった。
すると、司は今度は真剣な表情になって言った。
「そうか。…なぁ、朔哉」
「ん？」
「もう、見舞いなんて来るなよ」
病室に入ろうとしていた萌子は、その司の言葉に思わず持った花瓶を落としそうになった。中では、焦った様子の朔哉が、それを軽い冗談だと受け止めようとした。
「何言ってるんだよ。遠慮なんかするなよ」
しかし、司は本気で答えた。
「実はさ、プロ入りの話無くなったんだ。怪我、思ったほど治るの簡単じゃないらしいし、自己管理ができない選手は、必要ないって。
そんなわけで悪いんだけどさ、お前らの顔見るとさ、思い出しちまうんだよな、サッカーのこと。しばらくは何もかも忘れて、でもってこれからのこと、ゆっくり考えなおしたいんだ」
沈黙が続いて少しして、朔哉が答える。
「わかった」
立ちあがったところで、朔哉は花瓶を持ったままの萌子に気づいた。その手から花瓶を取り上げ、テーブルに置くと、朔哉はじゃあなと小さく言って、病室を出ていこうとした。そんな朔哉を、司は呼び止めた。
「朔哉。女って怖いな」
朔哉は一瞬萌子を見てから、答える。
「…そうか？」
すると司は軽く笑いながら答えた。
「オレはやっぱり、ちょいちょいつまみ食いしていくのが、性に合ってるよ。
軽い付き合いだけで済むしな」
そう言った司に、萌子は何も言うことができなかった。