Maybe Blue 第二部 凪より愛をこめて
夏影11
太陽は、真上から部員たちの頭を激しく照らしていた。
暑さと、疲労とで、最終日まで耐えられるのかと思っていた合宿も、本当に終わりを迎えていた。
とにかくきついこの五日間をやり遂げた、満足感に溢れている部員たちの前に、石橋の指名で笠間が口を開いていた。
「もうすぐインターハイだ。
この夏で終わるものもいるだろうし、選手権まで続けるものもいるだろう。
この夏が最後というものの中には、この三年間で、悔しくて泣いたものもいると思う。
だけど、忘れないでほしい。
チャンスはきっと、誰にだってある。
それを掴むか、逃すかは、タイミングと決断力だ。
タイミングは、運だ。神様が決める。どうしようもないこともある。
だが、決断力は、自分の範疇だ。
今この瞬間は、今しかない。
このチャンスは、今しかない。
次はもう来ない。
考える前に、手を伸ばす。
そういう気持ちで、インターハイも、その先の試合も、また日々の練習も、それから普通の日々も、臨んでいってもらいたい。
今日という日は二度と来ない。
後悔だけは、絶対にしないでほしい」
「はいっ」
笠間の言葉に、元気のいい返事が返ってくる。
日焼けした肌に、太陽が反射して、まぶしいほどだったが、どの顔にも充実感があった。
先頭にいる、朔哉と僅かに目が合った。
朔哉は笠間の視線に気づくと、口元を引き締め、小さく頷いた。
『インターもいいとこまで狙えるだろ』
あのときの言葉は、嘘でも、お世辞でもない。
このチームの勢いというものを、確かに笠間は感じていた。
「今年のチームは、選手権で優勝したチームと比べても、実力も互角だと、思う。
インターハイでも、それなりの成績が残せるだろう。
それだけのメンバーに恵まれてる。
もちろん、それは、レギュラーだけの力じゃない。
部員全員のおかげだ。
部員だけじゃない。
ここにいる、監督と、コーチと、マネージャーと。
それから応援してくれる地域の人たち。
みんなのおかげだ。
それも、忘れないてほしい」
「はいっっ」
一際大きな声が返ってくる。
それを聞いた笠間が、以上、と締めくくると、朔哉が大きな声で、
「ありがとうございましたっ」
と一礼をし、部員たちもそれに続いて頭を下げた。
こうして、五日間に渡る学校での合宿は終わりを告げた。
だが、休む暇ななく、明日からは、インターハイの行われる福島県に合宿をかねてＡチーム選手は向かわねばならない。
準備や体を休めることを考えると、昼に練習が終わったとはいえ、暇になったわけではなかった。
教室から荷物を持ち、帰るために下駄箱で靴に履き替えながら、明日持っていくものを、頭の中で浮かべていた成は、ふいに隣にいた湊 に話しかけられた。
「成、どうする？今日の花火大会、山田とか集まって行くらしいけど」
「山田？」
「園部とかも。あ、あと田波先生も来るって噂」
紗依の名前を聞いたケンが、えーマジ？と一瞬だけ声をあげた。
「え、けど、みんな一旦寮に戻るんだろ？」
特に約束をしているわけではなかったが、成にとっては、凪浜に来る前から、毎年来ている花火大会だった。
成の言葉に、ケンがまたまた声を上げる。
「一旦ってことは、行くつもりかよ。
お前って、かわいい顔してほんとタフだよな。
俺はパス。体が疲れてて、もう一歩も動けましぇーん」
「立ってよ、ケン。荷物重いってば」
鞄を置き、地面に座り込むケンの腕と荷物を、隣にいた厳巳が持ち上げようとがんばる。が、体重でも10キロ違うケンとその荷物を、厳巳が持ち上げることは、できなかった。
「厳巳、そんなバカ置いてっていいから。さっさと寮に帰ろうぜ」
「おい、知朗っ。バカとは何だよ、バカとはっ」
思わず立ち上がったケンの下から、ここぞとばかりに荷物を持ち上げると、厳巳は知朗に噛み付きそうなケンの腕を取る。
「いーから帰ろうって！」
結局二人の間に入る厳巳を見ていると、成のところに話を聞きつけた園部がやってきた。
「早坂、お前も来るんだったら、6時半に凪高前の駅で集合だから」
「学校の駅で？」
花火大会の会場までは、電車で３駅ほどではあるが、それにしても、遠くない？と思う成に、園部はまあまあと苦笑いを浮かべる。
「会場の駅じゃ、人が多すぎて無理だろ。だから。
でも、まさかお前も来るとは思わなかったなあ」
どういう意味だよ、と問いかけようとする成の腕を、誰かが引っ張った。
「成、ちょっといい？」
振り返ると、篤志が一瞬だけ微笑むと、有無を言わせぬ力で成の腕を引っ張っていった。
合宿中に寝泊りした教室の掃除も終え、ドアを閉めたところで、隣の教室から、待ち構えてたように良恵が走ってきた。良恵に気づくと、理香も美都も、先に行ってるねと昇降口に向かっていった。
「萌子さんっ、合宿中ありがとうございました。あの、これからも、私の悩み相談を聞いて―」
「近藤さん」
息を切らせながら、矢継ぎ早に言う良恵に、萌子がそういうと、良恵はにんまりと笑って答える。
「だから、良恵でいいですってば―」
「悩みはもう解決したでしょう、良恵ちゃん」
「え」
初めて名前で呼ばれた驚きよりも、萌子の言葉の鋭さに驚いたのか、良恵は笑顔のまま、表情を強張らせた。
代わって萌子は笑顔を見せる。
「好きな人と話したい、存在に気づいてほしいって言ってたじゃないの。右京と話したんでしょう。昨日」
「あ」
「だったら、目標はひとつ達成したじゃない」
良恵は顔を赤らめると、慌てたように顔を伏せた。
そして、何も言い返せなくなったのか、沈黙を紛らわすように両手をこすり合わせ始めた。
図星、か。
萌子は心の中でため息をひとつつき、
「初めから正直に言ってもらいたかったわ」
と言った。
「ごっごめんなさい、でもっ―」
今度は慌てて顔を上げる良恵の言葉を引き継ぐように、萌子は答える。
「でも、きっと話してもらっていても、いい相談役にはなれなかった」
萌子の言葉に、良恵の顔から表情が消える。
再び顔を伏せた良恵に、萌子は優しく答えた。
「だって、あなたの中では、もう結論出てるじゃない。
それに私がいてもいなくても、あなたは行動できるんだもの。
それじゃ、がんばってね」
軽く良恵の肩を叩き、萌子は理香たちの待つ昇降口へと向かった。
「早坂君のこと…好きです。付き合ってください」
「え？俺？篤志じゃなくて？」
成が素っ頓狂な声を上げたのにもかかわらず、目の前の斉藤友紀子は、真っ赤な顔のままで大きく頷いた。
篤志に引っ張られるままに、体育館裏に連れてこられた成は、そこに友紀子がいても、その状況がよくわからずにいた。
しかも、篤志は「テニス部の斉藤さん」と紹介をすると、そのまま二人を置き去りにしたのだった。
成からすれば、篤志と友紀子の噂を聞いていたから、二人が一緒にいることに、それほど違和感は無かったものの、どうして自分が友紀子と一緒にいることになったのかが、わからなかった。
そうして、しばらくの沈黙の後、唐突に、友紀子の口から出た言葉が、告白の言葉だったのだ。
「日比野君には相談に乗ってもらってたの。…早坂君のことで」
「あ、そう、なんだ…」
そう答える成だったが、友紀子の言葉を飲み込んだ瞬間、この状況を実感し始めて急に心臓がドキドキしてきた。
えー、そうなのかよ？！
サッカー部でも評判だったように、確かに友紀子はかわいい。
テニス部のわりに、白い肌だし、
目じりの下がった黒目がちな瞳は、いつも潤んでいるように見える。
ゆるくウェーブした髪が、肩のあたりで軽やかに弾んでいた。
「やっぱり誤解されてたんだね、日比野君と私」
「うん、あっ、ごめん」
気を抜いて、思わず正直に答えると、友紀子の目が更に潤んだように思えて、成は慌てて謝った。
誤解も何も。
おかげで、小池が落ち込んでるっていうケンの言葉、そのまま信じてたんだけど、俺。
友紀子とは同じクラスになったことも無く、話すのも初めてだったし、もっと言ってしまえば、篤志の話があって、初めて成は友紀子の事を知ったくらいなのだ。
その時、成はふいに思い出した。
『協力するよ、成の新しい恋に』
『コンパじゃなくても。誰か紹介する』
あれは、こういうことだったのか。
相変わらず、鈍い。俺って。
成は自分のことを思い、ため息をつく。
すると、心配に思った友紀子が聞き返してきた。
「ダメ、かな」
「いや、その。…斉藤、さんが悪いんじゃないんだけど」
だけど。
友紀子の顔が僅かに歪んだ。
それを見て、成の心にも重石がついたように重くなる。
『別にいいじゃん。本当に好きな相手と付き合える確率なんて、きっと１％もないぜ。
みんなどっかで妥協して、そうしていろんなこと勉強して、大人になっていくんだろ』
篤志が、間違っているとは言えない。
いっそ、そう言った篤志のように、そんな風に思えたら、と思う。
けれど、自分がそうできないことだけは、確かなのだ。
萌子の存在がある限りは。
「…ごめん」
静まり返った二人の間に、蝉の声がいやに大きく聞こえた。
サッカー部の面々が、身支度を終えて、昇降口に集まっていた。
練習は終わったわけなので、ぱらぱらと帰っていく中で、萌子は、探していた朔哉に声を掛けられた。
「ごめん、萌子。監督と話があるから、今日は先に帰っててくれるか」
「うん。わかった」
笑顔を見せながら、萌子はスカートのポケットにある写真に触れる。
いい加減渡さないと。
それに、今日は花火大会だ。
「それから、今日の花火大会だけど」
思っていたことが、朔哉からも言われて、思わず萌子は顔を上げる。
「六時半に迎えに行くから、それまで家で待っててくれるか？」
「家？皆は、六時半に駅で待ち合わせるって言ってたけど」
萌子のところにも、一応花火大会の誘いは来ていた。
もしよかったら、と園部は遠慮がちにだが萌子にそう言ったのだ。
園部は皆に声をかけているらしく、理香は花火大会に行くといっていた。園部から、篤志も行くことを教えてもらったらしいのだ。美都と和美は別行動のようだ。
萌子も来てよ。
不安そうに理香はそう言っていたので、もし朔哉が花火大会に行かないのであれば、萌子は園部たちと一緒に行こうと思っていた。
だが、この話からすると、朔哉は皆とは別行動するつもりらしい。
ああ、と言ってから、朔哉は表情を引き締めながら、
「話、あるんだ」
とだけ、答えた。
暑さと、疲労とで、最終日まで耐えられるのかと思っていた合宿も、本当に終わりを迎えていた。
とにかくきついこの五日間をやり遂げた、満足感に溢れている部員たちの前に、石橋の指名で笠間が口を開いていた。
「もうすぐインターハイだ。
この夏で終わるものもいるだろうし、選手権まで続けるものもいるだろう。
この夏が最後というものの中には、この三年間で、悔しくて泣いたものもいると思う。
だけど、忘れないでほしい。
チャンスはきっと、誰にだってある。
それを掴むか、逃すかは、タイミングと決断力だ。
タイミングは、運だ。神様が決める。どうしようもないこともある。
だが、決断力は、自分の範疇だ。
今この瞬間は、今しかない。
このチャンスは、今しかない。
次はもう来ない。
考える前に、手を伸ばす。
そういう気持ちで、インターハイも、その先の試合も、また日々の練習も、それから普通の日々も、臨んでいってもらいたい。
今日という日は二度と来ない。
後悔だけは、絶対にしないでほしい」
「はいっ」
笠間の言葉に、元気のいい返事が返ってくる。
日焼けした肌に、太陽が反射して、まぶしいほどだったが、どの顔にも充実感があった。
先頭にいる、朔哉と僅かに目が合った。
朔哉は笠間の視線に気づくと、口元を引き締め、小さく頷いた。
『インターもいいとこまで狙えるだろ』
あのときの言葉は、嘘でも、お世辞でもない。
このチームの勢いというものを、確かに笠間は感じていた。
「今年のチームは、選手権で優勝したチームと比べても、実力も互角だと、思う。
インターハイでも、それなりの成績が残せるだろう。
それだけのメンバーに恵まれてる。
もちろん、それは、レギュラーだけの力じゃない。
部員全員のおかげだ。
部員だけじゃない。
ここにいる、監督と、コーチと、マネージャーと。
それから応援してくれる地域の人たち。
みんなのおかげだ。
それも、忘れないてほしい」
「はいっっ」
一際大きな声が返ってくる。
それを聞いた笠間が、以上、と締めくくると、朔哉が大きな声で、
「ありがとうございましたっ」
と一礼をし、部員たちもそれに続いて頭を下げた。
こうして、五日間に渡る学校での合宿は終わりを告げた。
だが、休む暇ななく、明日からは、インターハイの行われる福島県に合宿をかねてＡチーム選手は向かわねばならない。
準備や体を休めることを考えると、昼に練習が終わったとはいえ、暇になったわけではなかった。
教室から荷物を持ち、帰るために下駄箱で靴に履き替えながら、明日持っていくものを、頭の中で浮かべていた成は、ふいに隣にいた湊 に話しかけられた。
「成、どうする？今日の花火大会、山田とか集まって行くらしいけど」
「山田？」
「園部とかも。あ、あと田波先生も来るって噂」
紗依の名前を聞いたケンが、えーマジ？と一瞬だけ声をあげた。
「え、けど、みんな一旦寮に戻るんだろ？」
特に約束をしているわけではなかったが、成にとっては、凪浜に来る前から、毎年来ている花火大会だった。
成の言葉に、ケンがまたまた声を上げる。
「一旦ってことは、行くつもりかよ。
お前って、かわいい顔してほんとタフだよな。
俺はパス。体が疲れてて、もう一歩も動けましぇーん」
「立ってよ、ケン。荷物重いってば」
鞄を置き、地面に座り込むケンの腕と荷物を、隣にいた厳巳が持ち上げようとがんばる。が、体重でも10キロ違うケンとその荷物を、厳巳が持ち上げることは、できなかった。
「厳巳、そんなバカ置いてっていいから。さっさと寮に帰ろうぜ」
「おい、知朗っ。バカとは何だよ、バカとはっ」
思わず立ち上がったケンの下から、ここぞとばかりに荷物を持ち上げると、厳巳は知朗に噛み付きそうなケンの腕を取る。
「いーから帰ろうって！」
結局二人の間に入る厳巳を見ていると、成のところに話を聞きつけた園部がやってきた。
「早坂、お前も来るんだったら、6時半に凪高前の駅で集合だから」
「学校の駅で？」
花火大会の会場までは、電車で３駅ほどではあるが、それにしても、遠くない？と思う成に、園部はまあまあと苦笑いを浮かべる。
「会場の駅じゃ、人が多すぎて無理だろ。だから。
でも、まさかお前も来るとは思わなかったなあ」
どういう意味だよ、と問いかけようとする成の腕を、誰かが引っ張った。
「成、ちょっといい？」
振り返ると、篤志が一瞬だけ微笑むと、有無を言わせぬ力で成の腕を引っ張っていった。
合宿中に寝泊りした教室の掃除も終え、ドアを閉めたところで、隣の教室から、待ち構えてたように良恵が走ってきた。良恵に気づくと、理香も美都も、先に行ってるねと昇降口に向かっていった。
「萌子さんっ、合宿中ありがとうございました。あの、これからも、私の悩み相談を聞いて―」
「近藤さん」
息を切らせながら、矢継ぎ早に言う良恵に、萌子がそういうと、良恵はにんまりと笑って答える。
「だから、良恵でいいですってば―」
「悩みはもう解決したでしょう、良恵ちゃん」
「え」
初めて名前で呼ばれた驚きよりも、萌子の言葉の鋭さに驚いたのか、良恵は笑顔のまま、表情を強張らせた。
代わって萌子は笑顔を見せる。
「好きな人と話したい、存在に気づいてほしいって言ってたじゃないの。右京と話したんでしょう。昨日」
「あ」
「だったら、目標はひとつ達成したじゃない」
良恵は顔を赤らめると、慌てたように顔を伏せた。
そして、何も言い返せなくなったのか、沈黙を紛らわすように両手をこすり合わせ始めた。
図星、か。
萌子は心の中でため息をひとつつき、
「初めから正直に言ってもらいたかったわ」
と言った。
「ごっごめんなさい、でもっ―」
今度は慌てて顔を上げる良恵の言葉を引き継ぐように、萌子は答える。
「でも、きっと話してもらっていても、いい相談役にはなれなかった」
萌子の言葉に、良恵の顔から表情が消える。
再び顔を伏せた良恵に、萌子は優しく答えた。
「だって、あなたの中では、もう結論出てるじゃない。
それに私がいてもいなくても、あなたは行動できるんだもの。
それじゃ、がんばってね」
軽く良恵の肩を叩き、萌子は理香たちの待つ昇降口へと向かった。
「早坂君のこと…好きです。付き合ってください」
「え？俺？篤志じゃなくて？」
成が素っ頓狂な声を上げたのにもかかわらず、目の前の斉藤友紀子は、真っ赤な顔のままで大きく頷いた。
篤志に引っ張られるままに、体育館裏に連れてこられた成は、そこに友紀子がいても、その状況がよくわからずにいた。
しかも、篤志は「テニス部の斉藤さん」と紹介をすると、そのまま二人を置き去りにしたのだった。
成からすれば、篤志と友紀子の噂を聞いていたから、二人が一緒にいることに、それほど違和感は無かったものの、どうして自分が友紀子と一緒にいることになったのかが、わからなかった。
そうして、しばらくの沈黙の後、唐突に、友紀子の口から出た言葉が、告白の言葉だったのだ。
「日比野君には相談に乗ってもらってたの。…早坂君のことで」
「あ、そう、なんだ…」
そう答える成だったが、友紀子の言葉を飲み込んだ瞬間、この状況を実感し始めて急に心臓がドキドキしてきた。
えー、そうなのかよ？！
サッカー部でも評判だったように、確かに友紀子はかわいい。
テニス部のわりに、白い肌だし、
目じりの下がった黒目がちな瞳は、いつも潤んでいるように見える。
ゆるくウェーブした髪が、肩のあたりで軽やかに弾んでいた。
「やっぱり誤解されてたんだね、日比野君と私」
「うん、あっ、ごめん」
気を抜いて、思わず正直に答えると、友紀子の目が更に潤んだように思えて、成は慌てて謝った。
誤解も何も。
おかげで、小池が落ち込んでるっていうケンの言葉、そのまま信じてたんだけど、俺。
友紀子とは同じクラスになったことも無く、話すのも初めてだったし、もっと言ってしまえば、篤志の話があって、初めて成は友紀子の事を知ったくらいなのだ。
その時、成はふいに思い出した。
『協力するよ、成の新しい恋に』
『コンパじゃなくても。誰か紹介する』
あれは、こういうことだったのか。
相変わらず、鈍い。俺って。
成は自分のことを思い、ため息をつく。
すると、心配に思った友紀子が聞き返してきた。
「ダメ、かな」
「いや、その。…斉藤、さんが悪いんじゃないんだけど」
だけど。
友紀子の顔が僅かに歪んだ。
それを見て、成の心にも重石がついたように重くなる。
『別にいいじゃん。本当に好きな相手と付き合える確率なんて、きっと１％もないぜ。
みんなどっかで妥協して、そうしていろんなこと勉強して、大人になっていくんだろ』
篤志が、間違っているとは言えない。
いっそ、そう言った篤志のように、そんな風に思えたら、と思う。
けれど、自分がそうできないことだけは、確かなのだ。
萌子の存在がある限りは。
「…ごめん」
静まり返った二人の間に、蝉の声がいやに大きく聞こえた。
サッカー部の面々が、身支度を終えて、昇降口に集まっていた。
練習は終わったわけなので、ぱらぱらと帰っていく中で、萌子は、探していた朔哉に声を掛けられた。
「ごめん、萌子。監督と話があるから、今日は先に帰っててくれるか」
「うん。わかった」
笑顔を見せながら、萌子はスカートのポケットにある写真に触れる。
いい加減渡さないと。
それに、今日は花火大会だ。
「それから、今日の花火大会だけど」
思っていたことが、朔哉からも言われて、思わず萌子は顔を上げる。
「六時半に迎えに行くから、それまで家で待っててくれるか？」
「家？皆は、六時半に駅で待ち合わせるって言ってたけど」
萌子のところにも、一応花火大会の誘いは来ていた。
もしよかったら、と園部は遠慮がちにだが萌子にそう言ったのだ。
園部は皆に声をかけているらしく、理香は花火大会に行くといっていた。園部から、篤志も行くことを教えてもらったらしいのだ。美都と和美は別行動のようだ。
萌子も来てよ。
不安そうに理香はそう言っていたので、もし朔哉が花火大会に行かないのであれば、萌子は園部たちと一緒に行こうと思っていた。
だが、この話からすると、朔哉は皆とは別行動するつもりらしい。
ああ、と言ってから、朔哉は表情を引き締めながら、
「話、あるんだ」
とだけ、答えた。