Maybe Blue 第二部 凪より愛をこめて
雨宵月6
次の日は朝から雨だった。
小雨だが、気を抜いて傘をささないと、いつの間にかしっとり濡れているような、そんな雨だ。
おそらく今日の朝練は、軽いランニングだけで終わるだろう。
空を見上げてそう思いながらも、昨日の別れ方が気になって、朔哉は幾分緊張して、萌子の家の前に立っていた。
朝と夜の送り迎えは、この数ヶ月の習慣になっていた。
朔哉は少し早めに寮を出て、たいがい萌子の家の塀にもたれる様にして待っており、時間になると萌子が出てくるのが常だった。
この朝も、朔哉は同じように塀にもたれて待っていた。
だが、いつもの時間になっても、萌子が出てくることはない。
どうしたんだろう、寝坊かな。
そう思って、塀から体を起こし、沢木家のドアの前に立つと、突然ドアが開いて、萌子の母親が顔を出した。
「ごめんなさいね、朔哉君」
初めから謝られ、答えに朔哉が詰まっていると、母親は、紙切れのようなメモを朔哉に差し出した。
「急に早くに学校にいかなきゃならなくなったって言って、あの子ちょっと前に出て行ったのよ。これ、朔哉君にって」
手渡されたメモには、今日は先に行きます、ごめんなさい、と簡単に書かれていた。
避けられてる？
行間を必死に読み取ろうとメモを見つめる朔哉に、
「ほんと、ごめんなさいね」
と、母親が申し訳なさそうに答えた。
結局雨はそのまま降り続いており、朝練は、軽いランニングだけ、ということになった。
萌子は部室の片付け、ということで、昨日遣り残してしまった仕事をひっそりとこなしていた。
遣り残した仕事、それはビブスの片付けである。
流石に床に散らばったままの、あの状況ではなかったけれど、段ボールの中のビブスは、乱暴に投げ込まれたままだった。
朝早くに家を出たのも、ビブスが気になっていたからだ。朔哉のことだから、流石にそのままにはしないだろうとは思ってはいたけれど、一緒に登校をして、一緒に片付けられるほどの平常心は、萌子にはなかったのだ。
現に今だって、気を抜くと、昨日のことを思い出してしまいそうで、萌子はとにかく頭を空っぽにしようと手を動かしていた。
すると、突然ドアがノックされ、はいと答えると、
「あの」
と、由太の彼女である亜紀子が、少し不安そうな表情で顔を出した。
「亜紀ちゃん。おはよう」
「おはようございます」
「ごめんね、今みんな練習中だから。由太？」
亜紀子は小さく頷いた。
「はい。あの。お願いしてもいいですか？これ。渡してほしいんです」
差し出した包みを見て、萌子は受け取るのを止めて聞き返す。
「お弁当？だったら亜紀ちゃんから直接―」
「嫌がると思うんです。そういう、目立つようなこと」
冷かされるのを嫌う由太と、それを気遣う亜紀子。二人の気持ちを受け取った萌子は、すっと手を差し出して、その包みを受け取った。
「わかった。渡しておく」
するとそこでようやく亜紀子に笑顔が見られた。
「すみません。それじゃ。お願いします」
一礼をして、さっと部室を出て行こうとする亜紀子を、萌子は思わず引きとめた。
「ね、亜紀ちゃん。由太、何かあったのかな」
「え？」
曇った表情の亜紀子が振り返る。
萌子は、ここ最近の由太のことを話した。
練習に顔を出し始めた由太の妹、好実。
特別練習に参加もせずに、帰って行く由太。
働き出したという母親の存在。
そして――。
「それに、お父さん。左遷させられたって―」
「え？」
亜紀子が驚いたように顔を上げた。戸惑ったのは、萌子だ。
「…聞いてない？去年の暮れ」
「…はい」
亜紀子の表情に不安が広がっていく。萌子は慌てて言った。
「ごめん。私が聞きだしたから―」
けれど亜紀子は、そんな萌子の言葉を遮って、独り言でもいうように口を開いた。
「いつも、そうなんです。先輩、私が心配するようなことは一切話してくれないんです。
前も、怪我したこと教えてくれなくて、練習続けてたことあるし」
そう言って、亜紀子は小さくため息をついた。
「そういう、強いところ、好きなんですけど、たまに、思うんです。
もっと弱いところも、見せて欲しいなって。私に頼ってほしいなって」
「亜紀ちゃん」
萌子がそういうと、自嘲気味に亜紀子が笑う。
「勿論、それには私がしっかりしてなきゃいけないんだけど」
「亜紀ちゃんは、しっかりしてるよ」
萌子が力強く言うと、亜紀子は一瞬泣きそうな表情になってから、優しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。
萌子さんは、ないんですか？そういう風に、福山先輩のこと思ったこと」
話が自分のことになり、萌子は戸惑った。
朔哉も由太と同じく、弱音は吐かない。特に部員の前ではそうだ。キャプテンと言う立場がそうさせるのかもしれない。
選手権の敗戦を全て負い込んだ朔哉に、萌子は今の亜紀子と同じようなことを思ったことがある。そしてそれを朔哉に伝えた。朔哉はそんな萌子に応えてくれた。
だけど、自分からってことは、あっただろうか。
黙りこんだ萌子を見て、亜紀子は勝手に判断した。
「思い浮かばないってことは、思ったことがないって証拠です。
そういうこと、考える不安なんてない。
いいな。それってやっぱり信頼されてるってことなんですよ。
憧れます。萌子さんと福山先輩のこと」
笑顔でそう言う亜紀子に軽いショックを受けながら、萌子は、
「そんなこと、ないよ」
と答えた。
その後も雨は止むことなくが降り始めていた。
その雨音をバックに、紗依の声が心地よく右京の耳に届く。
「この前、沢木さんが習いに来たと思ったんだけど。上手でしょう。彼女。
飲み込み早いし、いいマネージャーだと思うわ」
つまりは自分ではなく、萌子にテーピングを巻いてもらえといっているのだ。
そうは言いながらも丁寧にテーピングを巻いている紗依から、右京は思わず顔を逸らし、ぽつりと呟く。
「いいか悪いかはわからないけど」
「けど？」
本心を言うべきか、悩んだ挙句に右京は答えた。
「緩い」
嘘ではなかった。確かに萌子のテーピングは、僅かに緩く巻かれている。
紗依は、萌子をフォローして答えた。
「それはあなたのことを気遣ってじゃないのかしら？
それにきっと、テーピングするのもいいけれど、本当は休養してもらいたいって思ってるのよ。私もね。週末試合なんですってね。頑張って」
ようやく、というのだろうか、インターハイの県大会の決勝トーナメントは、三日後になっていた。凪高はシード校ではあったけれど、負けたら終わり、に変わりはない。
その初戦のスターティングメンバーは、今日の練習終わりに告げられることになっていた。右京としてもうかうかしていられず、今日から本格的に練習に参加する予定だった。
「１３時に中央競技場」
ポツリと呟いた右京の言葉の意味に、一瞬わからなかった紗依だったが、それが試合の開始時刻と、会場であることに気づいた。
「ごめんなさい。その日は、友達の結婚式があっていけないの。
でも、決勝まで行ったら、絶対応援にいくわ」
右京は、そっと右手の小指を差し出した。
おずおずと差し出された小指を見て、紗依は右京が言いたいことを理解したらしい。
「約束？わかったわ」
そうしてテーピングを途中で置くと、右京の小指に自分の小指を絡めた。
その瞬間、ノックと同時にドアが開いた。
「失礼します…あれ？」
入り口には、きょとんとした表情の萌子が立っていた。思わず紗依はくすりと微笑む。その瞬間、紗依は絡めていた小指を抜き去った。
「噂をすれば、何とやらね。こんにちは、沢木さん」
「こんにちは。あれ？先生。テーピング―」
右京の足に巻かれているテーピングをみてそういう萌子に、右京が言った。
「緩すぎるんだ。お前の」
「ひどい、右京ってば。確かに先生の方が全然上手だけど」
二人が言い争っているのを尻目に、紗依は手早くテーピングを巻き終えると、軽くにらみ合っている二人に言った。
「それじゃ、試合頑張ってね」
それを聞いた右京は、萌子から視線を逸らすと、そのまま上履きを履いて、保健室を出て行った。その後姿を見て、萌子は思わず紗依に尋ねる。
「先生。もしかして、右京。授業さぼって休んでたの？」
「違うわよ」
ということは、テーピングの為だけにここにやってきたのか、と思うと萌子は小さくため息をつきたくなった。
そんな萌子の気持ちを変えるためにか、紗依は話を続けた。
「それにしても、綺麗な子ね。谷垣先生がファンなのもわかる気がする」
右京は、母性本能を擽られるのか、生徒だけでなく、女性教師からの人気も厚い。
試合がんばって、といっていたことを思い出し、萌子は紗依に尋ねた。
「先生試合に来てくれるんですか？」
「ごめんなさい、用事があって行けないのよ」
残念、というように萌子は逆に紗依を諭すように言う。
「右京は、サッカーしてる時の方が何倍もかっこいいですよ。谷垣先生にも、そういってあげてください」
「わかった。敏腕マネージャーが是非に、と言ってたって伝えておくわ」
紗依はそう答えると、萌子と一緒にふふと笑い合った。
午後になると雨足が強くなった。
傘を差し、グランドの前に現れたが、案の定というか、誰もいない。
今日は母親も早く帰ってくるということで、由太と待ち合わせをしたわけでもなく、好実は湊にお礼を言うためだけに来たのだ。
正直なところ、今日練習があるのかすら、好実は知らなかった。
昨日のことがあってから、好実は母親とも、由太とも口をきいていない。
母親には、口を開けば、離婚するなと言ってしまいそうだったし、
由太には、自分はここに残りたい、と泣いて訴えてしまいそうだった。
だけどそういえば、二人とも悲しい顔をする気がして、なるべく口をきかないようにしているのだ。
そして、この雨だ。
流石に練習はなくなったのかもしれない。
誰もいないグランドをみていると、自分を支えていたような心の柱のようなものが、サラサラと砂のように崩れていくのを、好実は感じていた。
仕方なく好実は、重い足を自宅のほうへと向けた。雨だから、バスに乗ってしまおうと、バス停に向って歩いていると、ふいに探していたはずの声が聞こえた。
「大丈夫？椎名」
思わず好実は駆け足になる。
声は裏門のあたりから聞こえてきた。勢い良く出て行こうとしたところで、見知らぬ女性の声が続いて聞こえてきた。
「うん。あ、いいのに」
思わず門に体を潜めるようにして、好実は中をうかがう。
裏門のすぐ先は、体育館の入り口になっていて、湊はそこで床に落ちているタオルを拾っているところだった。見回すと、側には同じようにタオルと抱えながらも、床に落ちているものも拾い上げている女子がいた。ジャージはサッカー部のもののようだ。
マネージャーの人かな。
理香ちゃんとも、昨日の人とも違う。
細い体と、大きな目が印象的だった。
かわいい、と思った瞬間に、心がちくりと痛む。
そうとは知らない湊は、ゆっくりと首を左右にふって、同じようにタオルを拾い上げていた。
「練習は終わったし。どうせ、行き先は一緒だ」
湊はそういうと、マネージャーの視界を遮りそうな大量のタオルと、取り上げた。
「ありがとう」
彼女の笑顔を受けて、湊も柔らかく微笑む。
好実の心が、更に痛んだ。
もしかして、恋人同士なのかな。
知らず知らずに、好実は差している傘の柄を強く握りしめていた。
「あの、湊君」
彼女が話しかける。湊が、ん？と言いながら、振り向いた。
「風邪、大丈夫？」
「ああ。もう全然平気。だから椎名のせいじゃないって」
シイナ、という名前が新たに好実の心に刻まれる。
椎名美都は、その好実の視線に気づくこともなく、本当に申し訳なさそうに答えた。
「ごめんね、本当に」
何が？というように湊は首を傾げる。それから気づいたように言った。
「さっきのスタメンの話？仕方ないよ。最近、竹山さん頑張ってるし」
竹山というのは、三年の選手だ。湊と同じ、左サイドバックで、ポジション争いを続けている。試合を三日後に控え、練習後にそのスタメンが発表されたのだ。
新チームになってから、基本的に湊がスタメンだったというのに、今回はその座を初めて竹山に譲ることになった。
「でも週末の試合だけ。
次からは、スタメンになるよう、頑張るよ」
湊がそう答えたところで、遠くから美都を呼ぶ声が聞こえてきた。
「椎名―っ」
監督である石橋だ。
「はいっ、あ、っと」
返事はしたものの、美都は手にしているタオルに気づいて、きょろきょろと辺りを見回した。見かねた湊が、そのタオルと取り上げて言う。
「俺、持って行っておくから。先に監督のところに行ったほうがいいよ」
「ありがとう、湊君」
「どういたしまして」
美都は、湊にタオルを渡すと、慌てて駆け出して行った。
その後姿を見届けた湊は、小さくため息をつくと、タオルを持ったままに、暫く立ち尽くしていた。
恋人同士かはわからないけれど、
たぶん、湊君はレギュラーを外されて、
それはたぶん、あのシイナって人のせいで、湊君が風邪をひいたからで、
そして、たぶん。
たぶん、湊君は、あの人のことが、好きだ。
そう思った瞬間に、好実の胸は締め付けられるように痛くなる。
「あれ？好実ちゃん？」
突然背後から名前を呼ばれ、思わず好実は傘を落として振り返る。すると、そこには理香がいた。そして、理香の声に気づいた湊も、こっちに目を向ける。
静かにっ、と言いたい好実だが、気づかぬ理香はどんどん話を進めていく。
「どうしたの？あ、由太？ごめんね。今さっき、練習終わったんだよ。雨のお陰で今日は筋トレのみ、。そうだ、由太。ちょっと呼んできてみようか―？あれ？」
気づけば好実は傘を置いたままで、駆け出していた。
待って傘っ、と理香が叫んでいるのも聞こえたが、好実は無視してやってきたバスに慌てて乗り込んだ。
いつもより、練習は早く終わった。当然ながら、特別練習もない。
スタメンの発表もあって、全体的に今日の部の雰囲気はぴりぴりしていた。
それに加え、昼休み、朔哉が萌子の教室を覗くと、すでにその姿はなく、理香も何処に行ったのかは知らないようだった。
避けられているとは思いたくはなかったが、着替えも終わり、萌子にどう自然に話しかけようかと朔哉が悩んでいると、ふいに理香がやってきて言った。
「ごめんね、朔哉先輩」
「え？」
「あれ？萌子言ってないの？」
面食らったように理香が後ろにいた萌子に話しかける。萌子は朔哉と目が合うと、慌てて口を開いた。
「ごめんなさい。あの、ちょっと理香たちと、アルジャーノンに寄っていこうって話になってて、だから―」
「今日も萌子を借りますっ」
回りくどい萌子の言葉を遮って、理香がそういう。
朔哉が口を開こうとすると、
「家にはちゃんと俺が責任もって送り届けますからっ」
と篤志までもがそれを遮った。
緊張気味に萌子の目を見ると、ごめんなさいと言っているのがわかる。
とりあえず、距離をおきたいとかじゃないようだ。
「ああ、わかった。じゃ、また明日」
笑顔さえ浮かべて、朔哉がそう答えると、その言葉を待ってました、とばかりに理香が萌子の手を引いて、部室を出て行った。
アルジャーノンは、他に客もいなかった。
店員も、アルバイトの一馬が一人いるだけで、ほとんどサッカー部の部室と近い状態だった。
「俺もさ、知らないんだよね。由太の家のこと」
由太のことを尋ねたところ、篤志はそういうと、目の前のコーラをほとんど一気に飲み干して答える。
「ほら、由太って潔癖っつーか、人に弱み見せたくないタイプじゃん」
実際、由太と一番仲がいいのは、篤志だ。
「でも、亜紀ちゃんには、見せてあげてもいいと思うの」
萌子がそういうと、篤志はうーんと首を傾げた。
「それはさ、また違ってさ。
男って、プライドあるからさ、そういう弱くて情けないところって、女の子に見せたくないわけよ。しかも、好きな子なら尚更」
「でも、女としては、そういうところも見せてほしいって思う。
別に弱音だとかいうんじゃなくて、強いところも弱いところも、好いところも悪いところも、相手の全てを知って、初めて心から分かり合えると思うの」
萌子はそういったものの、篤志は納得がいかないのか、こう答えた。
「けどさ、めそめそしてる男と付き合いたいなんて思わないだろ」
「弱音を吐くことと、めそめそしてるって同じ事じゃないと思うわ」
そこに理香が口を挟む。
「そうそう、それに。いつも弱音吐かない人が言うから意味があるのよ。アッチが言っても、ねぇ」
篤志が少し顔をしかめる。
空いた間に、一馬が話に入ってきた。
「つまり、普段強がっている男の、誰にも見せない弱さを、自分だけに見せてくれる、っていうことか？」
「そういうこと！自分だけ特別なんだって思うじゃん」
理香が得意げに話すが、一馬はふーんと答えるだけだった。
それを見て、理香は思わず立ち上がり、目の前の篤志と一馬を指差して言った。
「アッチも、一馬君も、そういうオンナゴコロ、もちょっと勉強したほうがいいよ」
勢いに押される形で、二人は答える。
「はい…」
「ワカリマシタ」
寮に帰ってきた成は、珍しく机に向っていた。
今日の数学の授業で宿題が出されて、成はそれを答えることになっているのだ。
しかも、一時間目の冒頭に。
朝練のことを考えると、今解いておいた方がいいし、何より寮には厳巳がいる。
できれば、実力で、と思った成だったが、さっぱりわからず、隣の厳巳を尋ねたが、ちょうど風呂に入ったらしく、いなかった。
風呂出てきてからにしよう。
そう思って部屋に戻ってきた成は、ふとベッドで音楽を聴いている湊に目がいった。
湊も、結構数学は得意なのだ。
スタメンの発表を受け、落ち込んでいるのが成にはわかった。もっとも、周りからすれば、いつもとかわらない湊の様子だが、長年の付き合いで、成にはわかる。
今日のスタメンの発表は、他にも意外とも思えることがあった。
右京が、ベンチに回されたのだ。
勿論、怪我のことがあってだろうとは思うけれど、県大会の初戦だとは思うけれど、そのショックは本人も同じだったようだ。
無言で寮に帰ってきて、そのまま部屋に閉じこもっているらしい。
まあ、いつもそうだといったら、そうかもしれないけど。
「な、湊。これわかる？」
肩を叩いて湊を起こすと、湊はこの前授業でやったところだ、と言ってノートを取り出した。その中からはらりと、ノートのコピーが成の足元に落ちる。
拾い上げようとして、それが例のコピーだということに成は気づく。
そうとは気づかない湊は、あったあったとノートを指差し、成に教えてくれようとしている。
今日も、成は気づいていた。
練習の終わりを受けた湊が、そっと美都の元に戻り、片づけを手伝っていたのを。
「この数式を使うとさ―」
「湊」
何？と湊はいつもと違わぬ表情で成を見返す。
美都と和美が付き合いだしてから、一年が経とうとしている。
だけど―。
「お前、今でも椎名のこと、好きなのか？」