Maybe Blue 第二部 凪より愛をこめて
朔風4
医者は、無言のままに朔哉の腫れた右足首を左右に倒す。その度に、朔哉はあげてしまいそうになる声をこらえていた。
ある程度触診を終えると、医者は深くため息をついて朔哉に向き直る。
「この前の忠告は、全く意味がなかったってことかい？」
「すみません。でも―」
「言ったはずだよ。無理をすれば、君の将来の保証はできないと」
「はい…」
朔哉はそう答え、押された足の痛みに顔をしかめた。そしてその痛みは、徐々に朔哉の中で不安に変わる。
俯いた朔哉に、医者は声を張り上げた。
「だけど、感動したよ」
「え？」
思わず朔哉は顔をあげる。
「息子がサッカーをしててね。テレビ中継見ろってうるさいから、見てたんだ。診察の合間に。
確かに医者の立場からすれば、何としても君を止めるべきだったろう。でも、君を止めなくてよかったと思うよ。凪浜に暮らす人間として。
何もかも捨てて、ただ直向にボールを追いかける。
そう簡単にできることじゃない。
久しぶりに目頭が熱くなったよ。
昔の自分を思い出した。
サッカーじゃないけど、僕にだって、青春はあったんだ。その一瞬に、全てをかけるような。
そういうことを思い出した。
さ、もう帰っていいよ」
「ありがとうございました。あの、足は？」
すると医者はにっこりと笑った。
「いつかは日の丸付けて、大和魂見せてくれよ」
「それって…」
朔哉は目を大きく見開く。医者は頷いた。
「はっきりしたことはレントゲン等の結果がでないとわからないが、三日間は絶対安静。そうすれば、一ヶ月後にはまたボールを追いかけてるはずだよ」
「あっ、ありがとうございます」
朔哉は深々と頭を下げた。そんな朔哉の肩を医者は軽く叩いて言う。
「お礼を言いたいのはこっちだよ。
いい、試合だった。
ありがとう」
念のため、と渡された松葉杖を手にして朔哉が診察室を出ると、そこには萌子が立っていた。
萌子は朔哉の顔を見ると、慌てて駆け寄ってきた。
「朔哉さん。どうだったの？大丈夫？問題ない？」
言葉より先に朔哉は萌子を両手で抱きしめた。松葉杖が廊下に音を立てて倒れる。
「ねえ？朔哉さん。足は？大丈夫なの？ねぇって」
何も言わずに抱きしめられたままの萌子は、思わずそう尋ねた。萌子の声が不安そうになっていることに気づき、朔哉は萌子の髪に顔をうずめながらくすりと笑うと、
「ああ」
とだけ答えた。
大きなため息と一緒に、よかったという声が聞こえてくる。
「ありがとう、萌子」
「え」
「あの時萌子がテーピング巻いてくれなければ、きっとここまで頑張れなかった」
ありがとう。
もう一度朔哉が言う。
震える声が萌子の髪を揺らす中で、萌子は考えていた。
あの時テーピングを巻いたことは、本当によかったのだろうか。
本当は、止めるべきだったんじゃなかったろうか。
自分なら引き留められたのではないのだろうか。
もう十分だと。
福山朔哉の重荷を、背負うことはないのだと。
自分なら。
けれど、朔哉はその荷を背負うことを厭わず、
萌子の前でも、福山朔哉であろうとした。
それは萌子の心の片隅を、小さく微かにざわつかせていた。
寮に戻る前に、右京の見舞いに行きたいという朔哉に付き添って、萌子は右京の入院している病院に向かった。
入院といっても、あと数日で右京は退院をする予定だ。すぐにグランドで走ることはできないが、リハビリを経て、一ヶ月後にはグランドに戻ってくるはずだ。
萌子がドアをノックしようとしたところで、僅かに開いたドアの隙間から女性の甲高い声が聞こえてきた。
「いい？二度と病院を抜け出したりしないでねっ。こっちだって心配で心配で、探しまわったのよ。どこかに行きたいんだったら、私に相談してからにして頂戴。もし、先生がだめって言ってても、少しくらい融通きかせてあげるから―」
甲高い声は、徐々にねっとりとした甘さを増してくる。
朔哉が軽くドアをノックして、いくらか遠慮がちに声を出した。
「…失礼、します」
ベッドの脇に立っていた看護婦が慌てて振り返る。
萌子たちを見つけると、途端に顔が赤くなった。
「…じゃあ、そういうことだから」
口早にそう言って、そそくさと看護婦は病室を出て行った。
右京はというと、辟易したように大きくため息をついている。
「調子はどう？」
気分を変えるように明るく萌子が言うと、
「早く出たい」
と、返事が返ってきた。
一日中寝たきりだからとか、病院食がおいしくないとか、いろいろ理由はありそうだけれど、どうやらそれ以外でもあるらしい。
椅子に朔哉が座ると、右京は珍しく自ら口を開いた。
「怪我は？」
「大丈夫だ。一応、松葉杖を借りてきたけど。これじゃ、お前とお揃いだな」
朔哉は笑顔でそう答えはしたものの、右京も萌子も笑わないことに気づいて、少し顔を俯かせた。
「今日、来てたんだってな。会場に」
結局観客席で試合を見ていた右京だが、すぐに篤志の母親に見つかって、強制的に病院に送り戻されたのだ。
すべてが終わった後、朔哉はそのことを篤志から聞かされた。
「すまなかった。全国―」
全国いけなくて、と言おうとした朔哉の言葉を、右京は遮って答える。
「全国へは…、国立へは、来年必ず行きます。
行って、勝ってきます」
その言葉には、右京の強い思いがこもっていた。
仮に今日の試合で凪高が勝っていたとしても、右京の喜びは半分でしかなかったということを、負けて右京は実感していた。
所詮、他人に乗っかっただけ。
自分でつかみ取ったものじゃなければ、意味はない。
観客席でそのことを、右京は強く思ったのだ。
その言葉を聞いた朔哉は、小さく頷くと、
「頼んだ」
とだけ答えた。
「ただいま…？」
松葉杖の朔哉を伴い、寮に戻ってきた萌子だったが、中から聞こえてくる楽しげな雰囲気に、思わず朔哉と顔をつきあわせた。リビングに顔を出すと、気づいた環が声を上げた。
「おっ、我らがアイドル朔哉だぁ」
その声に一斉に向けられた視線に押されるように、思わず萌子も朔哉も一歩後ずさると、その隙間を埋める以上の勢いで部員たちが二人を取り囲んだ。
「福山さんっ、足どうでした？」
「怪我は？痛みます？」
「手術するんですか？それとも入院？」
矢継ぎ早に出てくる質問の声に、朔哉は皆の顔を見回して一息ついてから答えた。
「三日間は、絶対安静だ。そうすれば、一ヶ月後にはボール蹴ってるだろうって」
「やったー」
「よかったっス！！」
「最高！」
初めは朔哉の怪我を心配していた反動ではしゃぎでいると思っていた朔哉だったが、クラッカーまで鳴り始める始末に、どうやらそういうことではないと気づき始めた。
「おい、俺たち負けたんだぞ。引退することになったんだ。なのに、なんだこのノリは…」
「まあ、朔哉もさ、コレ食べてよ。あたしが作ったブラウニー」
すると環が突然朔哉の口に茶色いものを押し込んだ。
「ぅ…、環…。これ、酒入れすぎてないか？」
最後には飲み込みながらブラウニーを食べ、顔をしかめる朔哉に、環は豪快に笑って答える。
「うちにあったお酒適当に入れちゃった」
「適当？多すぎだって―」
しかし話し続ける前に、開いた朔哉の口にまた環は次のブラウニーを押し込める。
「だっていっぱい入ってる方がおいしいでしょう？なのにあいつら嫌がって食べようとしないからさ、ノルマ制にて食べさせちゃった。
ね、萌子ちゃんもどうぞっ」
そういって環が差し出したブラウニーを、慌てて朔哉は奪い取る。
「いいからっ。…まったくどうすんだよ。みんな」
「さぁねぇ」
よく見れば、赤い顔して浮かれている部員もいれば、青い顔で慌てて部屋を出て行く部員も、ぐったりとソファに寝ている部員もいる。そもそも未成年なわけだから、酒に慣れてるわけないだろう。そこにきて、環の作ったブラウニーは、あまりにお酒が多すぎたのだ。
「責任とって介抱してくれよ、環…って、何飲んでんだよ」
しかしふと気づくと、環はお酒の瓶を手に持って、そのままラッパ飲みをしている。
「いいじゃん。悲しいのはさ、あたしだってそうなんだから…。
うっぅ…」
誰の目を憚ることなく環は泣き始めた。萌子がハンカチをそっと渡すと、掴んだ途端、大きく鼻をかんだ。
「環さんって、泣き上戸だったんだ…」
「みたいだな…」
朔哉がそう呟いた途端、朔哉の背中に誰かが乗っかってきた。
思わず倒れそうになる朔哉を、その手は背中越しに抱きかかえると、大声で叫んだ。
「朔哉先ぱぁーいっ。俺っ、今日めちゃめちゃ感動したっ。
尊敬したっ、
すっげぇ先輩だって初めて思った！」
赤い顔をして興奮している樹生だ。
どうやら樹生もお酒が大量に入ったブラウニーを食べさせられたクチらしい。
朔哉はため息をつきながら、樹生の腕から逃れて答えた。
「…今まで何だと思ってたんだよ」
しかし樹生は朔哉の声は無視して、更に叫び続ける。
「俺っ、絶対に来年は国立行くからっ、
行ってみせるからっ、だから絶対見に来いよなっ」
そんな樹生の言葉に、顔をしかめていた朔哉の頬も緩む。
しかし、再び抱きついてきた樹生には、思わず叫び返していた。
「わかったっ、わかったから新田っ。
落ち着け、とにかく、ひとまず離れてくれっ」
「いいやっ。俺はもう離れないぞっ。
先輩についてくって決めたんだっ！」
樹生の目は完全にすわっている。
こいつ、将来酒で失敗するタイプだな。
朔哉は頭の片隅で冷静にそう思いながらも答える。
「ついて行くって、俺はもう引退だし、お前には早坂がいるだろう、早坂がっ」
「成さんは別格なんだっ！」
「…じゃあ、俺は何何だよ」
冷静な朔哉の突っ込みに、思わず樹生の手が離れる。
しかし次の瞬間。
「俺はぁ、先輩のことが大好きだっ！」
樹生はそう叫ぶと、思い切り朔哉に抱きついた。
「おいっ、酔ってるからって道を外れるなっ。
離れろ、新田！」
何とか樹生から逃れようとする朔哉だが、途端に他の後輩たちにも抱きつかれてしまっていた。
「福山先輩！」
「朔哉さんっ」
「キャプテンッ」
あっという間に朔哉の周りには人垣が出来ていた。
「ああもう、怪我してる足だけは気をつけてね」
半ばあきれながら萌子はその様子を見ていた。
しかし、その中で朔哉はなんだか楽しそうな様子だ。
よかったね。
皆に気持ち、ちゃんと伝わってたんだね。
くすりと笑っていると、背後から呂律の回ってない声で名前を呼ばれた。
「萌子ぉ」
「え？」
振り返ると、なだれこむようにして知朗が萌子に抱きついてきた。
「ちょっちょっと知朗？」
「萌子、今日のオレどうだった？」
「知朗まで食べたの？ブラウニー」
知朗の顔は、真っ赤だ。
「だって環が食べねぇと来週からまた食事作るっつーからさ。食べるしかねぇだろ。
で、どうだった？かっこよかった？」
「うんうん、わかったから。ちょっと、離れて―」
「オレ、凪高で一番得点したんだぜっ、そりゃ、県の得点王は今川に譲ったけど…フクチャンなんかより、全然かっこよかっただろ？」
「それは―」
「お前がそうだというまで、オレは離れないっ」
萌子は頭が痛くなった。ため息をつくと、ようやく後輩たちをかき分けて、朔哉が知朗の肩に手を伸ばしていた。
「おいこら、その手を離せ、友近っ」
「うるさいっ病人は大人しくベッドで寝てろって」
「病人じゃなくてけが人だっ。それに萌子は関係ないっ」
そういうと二人はお互いの胸元をつかみ、睨みあっている。
「おっ、喧嘩だ喧嘩。
いけいけ朔哉っ、
ぶっとばせ友近っ」
「環さん、けしかけてないで助けてくださいよ」
萌子は、再び現れた環に助けを求める。さっきの涙はどこへやら、環の表情は好奇心に満ちた笑顔になっている。
「何言ってんの。二人の男が一人の女を巡って争う。これこそ女冥利につきるってもんよ」
「たまきさーん…」
もみ合う二人に、朔哉を取り巻いていた後輩たちが飛び付き、そうこうしているうちに、知朗が気持ちが悪いと言って部屋を飛び出していき、気づけば喧嘩は終わっていた。
「いってぇ…。背中打った…」
「まったく三日間絶対安静って言われたのに、言われたそばから喧嘩なんかして」
萌子が朔哉の背中に湿布を貼ると、朔哉は小さくうめき声を上げた。
「だからあれは友近が…つぅ」
「冗談でしょう。本気にすることないのに、もう」
「…いや本心だぞ、あれは…てぇっ」
肩にも湿布を勢いよくはって、萌子は小さくため息をついた。
「はい、これで終わり。今度こそ、安静にしててね」
本来は祝賀会になるはずだった残念会は、いつの間にかお開きになっていた。
萌子は知朗と掴みあって怪我をした朔哉の治療のために、救急箱を持って朔哉の部屋にあがったのだ。同室の小田原は、別の部屋でゲームをしていて、部屋には二人だけだった。
痛みで顔を歪めながら素直にベッドに横になる朔哉を横目で見つつ、救急箱を閉じながら萌子は呟いた。
「でも…今日の朔哉さんは、一番かっこよかった。
一番、素敵だった」
「惚れた？」
上半身だけ起こして、朔哉が問いかける。
「…うん」
照れた萌子が下を向いていると、朔哉の真剣な声がした。
「ありがとう」
その言葉に萌子は顔をあげる。朔哉は、まっすぐに萌子を見つめて言っていた。
「本当に感謝してる。言葉に、できないくらい」
二人はしばらく見つめあった。
ふいに伸びた朔哉の手が、萌子の髪に触れ、頬に触れ、そして首の後ろに触れ、そっと萌子を引き寄せる。
萌子も自然と目を閉じて、全てに身を任せようとした。
が、その瞬間。
壁につるした鏡に映ったものに、萌子は思わず朔哉を突き放すと振り返って叫んだ。
「何してるんですかっ、細谷先輩っ。それに皆！」
部屋のドアの僅かな隙間からは、俊平やケンたちのランランと輝く瞳が二人を見つめていた。
「全くあいつはどうしようもないな」
少し肌寒い夜道を歩きながら、俊平はそう呟いた。あいつ、とは朔哉のことである。
「ドクターストップかかってるのに試合に出るわ、友近とは喧嘩しかけるわ、安静しろって言われてるのに、無茶してお前のこと送ろうとするわ、諦めたかと思ったら、和泉以外は駄目だとか言って、あいつがダウンしてたら意地でも自分で送ってこうとするわ。
俺がいなかったら、お前、寮から出て来れなかったぞ」
「…感謝します」
萌子は深々と頭を下げるが、
「だけど、盗み見はよくないです」
と顔をあげると、じろりと俊平を睨んだ。だが、俊平はそんな萌子に視線に怯むことなく、淡々と答える。
「人の目を気にしすぎなんだよ。
お前も、朔哉も。
特に朔哉は、司くらい…あいつくらい、ちゃらんぽらんで、いい加減だったら、ちょうどいいのに」
「大槻さんと同じくらい無責任だと、それはそれで困るんですけど」
萌子の声に、そりゃそうか、と俊平はくすりと笑って答えた。
「もうずっとだからな、ああやって悩んでるの。
お前と付き合うようになって、そんな余裕すら無い時もあったけど。
あん時俺思ったんだよな。
必死な時は、悩んだり、立ち止まったりする余裕すらないもんだって」
時に辛辣な言い方をする俊平の洞察力は、しかし萌子も認めていた。
こと朔哉に関しては、自分以上ではないかと思うくらいだ。
「朔哉さんは、そうやってずっと福山朔哉の期待を背負って行くんでしょうか」
ふと聞きたくなって萌子はそう尋ねる。俊平は、うーんと呟いてから答えた。
「さあ、わかんねぇ。あのまんま行くとこまで行っちまう気もするし、意外と何かのきっかけで、放り投げちまう気もするし。
どっちとも言えねぇなぁ。
けど、俺も今日の試合、どこかで待ってたのかも。
あいつが出てくれること。
だけど別に福山朔哉が、じゃない。あいつが、だよ」
その言葉に、萌子は何故か救われた気持になった。朔哉の心の闇を知っている人間が他にもいて、それでも素の朔哉を必要としている人がいる。
朔哉さんは朔哉さんのままでいていいのだ。
そのことを、萌子はやはり朔哉に伝えたくなったのだ。
歩きながら、俊平は大きくため息をついた。
「それにしても引退なんて実感ねぇなあ。
これからずっと、朝練もなけりゃ、日曜も暇で、これじゃ遠征先でナンパする楽しみもなくなっちまう」
真剣な話が急にナンパの話に変わったので、萌子はちょっとふくれた。
「真琴さん、怒りますよ」
しかし俊平の方は、全然気にしていないようだ。
「いいのいいの。あいつは心が広いし、俺は真琴を愛してるし。
朔哉だって、お前と付き合いだす前は、俺と司と三人で張り合ってたんだぜ。
まあ、結局は朔哉が勝つわけだけど」
萌子が呆れて黙り込むと、俊平がそういえばさ、と話を切り出した。
「司、来てたな」
「私も…見ました」
後で聞いた話だが、環も司を見つけて、寮に顔を出すよう声をかけたらしい。
司は何も答えなかったらしいが、寮には姿を現さなかった。
「いろいろあったよな、ほんと。
でも、今となっては全てがいい思い出だ。
あ、あれお前の家？」
俊平はそう言って、萌子の家を指差す。
灯りがついているということは、母親は帰ってきたようだ。
「そうです。ありがとうございました」
頭を下げる萌子に、俊平も口を開いた。
「俺も、いろいろありがとうな。お前には、なんだかんだといろんなことを学ばされたから」
そしていつものようにシニカルな笑みを浮かべる。だが、その表情にはいつものような棘はなく、どこかすっきりしていた。
「私も、細谷さんには勉強させられました。
いかに男があてにならなくて、女好きで、すけべで、浮気性かってこと、充分教えていただきましたから」
「俺じゃなくて司だろ、それ」
俊平はそう言ってははっと乾いた笑い声を上げた。それから、ふと真剣な顔になって言った。
「朔哉とはさ、うまくやってけよ。…あいつ、本当に不器用な奴だからさ」
萌子は、はいと頷いた。
「それじゃな」
「おやすみなさい」
ふらふらと歩いて行く俊平の背中を、萌子はしばらく見ていた。それはどこか一山越えた爽快感と共に、哀愁が漂う背中だった。