Maybe Blue 第一部 海の鼓動
薄夏10
球技大会が終わると、凪浜高校はもう夏休みモードに入る。球技大会の結果は、見事朔哉のクラスがバスケで優勝をした。サッカーは、 知朗のチームが決勝戦までいったのだが、敢え無く柳田のクラスに負けた。知朗曰く、萌子が応援に来なかったことが、敗因らしい。
そうして、いよいよこれからインターハイに向けての練習が本格的に始まる、というところで、遅れて更衣室にかけ込んできた山田が、入ってくるなり口を開いた。
「俺…。沢木のファン、辞める」
「どうしたんだよ、山田。突然に」
篤志が気を遣って尋ねるが、山田はまるでだだっこのように答えた。
「だって、沢木はきっと藤原のこと好きなんだ」
新たに出てきた右京の名前に、反応する部員もいれば、いつものことだと無視して着替える部員もいた。当の右京は、すでにグランドに出ていっていたし、知朗も同じだった。
それでも、山田は話している。
「俺、相手が藤原だったら、いくらなんでも太刀打ちできねぇから、諦める、きっぱり。
女子が騒ぐのもわかるほどかっこいいしさ、サッカーなんか超巧いし、性格だってクールだし」
「クールか？あいつ」
ケンが顔を顰める。山田は大きく頷いた。
「お似合いだろ？あの二人」
「けどどうして、山田はそう思うわけ？」
篤志はそう尋ねた。成は、百合に言われた言葉を思い出し、耳だけ傾ける。
「だって今日、あいつと二人きりで話してるところ見たんだ。沢木は必死に話しかけてた。…藤原は、そっけなくしてたけど。昨日も、そんなとこ見たし、応援は必死でしてたし」
そりゃ同じクラスだからだろ、と呟くケンを無視して、山田はぐっと拳を握り締める。
「沢木が本気で好きなら、俺は身を引くよ。むしろ応援する」
妙に力強く言って、山田はさっさと着替えを終えて部室を出ていった。
残っているのは成と篤志、ケンの三人だけだった。山田が開けたドアが閉まるのを見ていた成の肩に、ケンの手が乗っかる。
「で、お前はどうするわけ？山田と同じく身を引く？」
「その前に、本当にそうだとは限らないだろ？」
口を出したのは篤志だ。
「いや、そうかもしれないぜ。だって昔から、萌子って藤原贔屓じゃん」
「そうじゃないだろ、ケン」
成は、にらみ合う二人の間にいて、山田の言っていた場面を思い出していた。
手紙を渡す萌子。
無視されて、手を掴んで、見つめあう二人。
そっと受け取る右京。
信じてると叫んだ萌子。
無視して去る右京。
そして萌子の、涙。
「…ケンって、実は萌子のこと好きなんじゃねぇの？」
思わずケンがそう言うと、ケンはおどけて答える。
「あれ？知らなかった？」
「ケンッ」
篤志が呆れてケンを宥める。からかわれたことに、成は思わず呟いた。
「…彼女に言いつけてやる」
「よせよ、成」
そして成は、そのまま部室を出ていこうとした。だが、ケンが急に真剣な声になって、成を引き止めた。
「俺にそんな風に言われて、お前は何も感じないわけ？悔しいとか思わないわけ？」
成は足を止めた。
あの涙。
助けてあげたかった。
「…思う、よ」
「だったらさ、もっと頑張れよ。どうしてお前はそこで一歩下がって−」
ケンの言葉が言い終わらないところで、成は部室を出ていった。
ケンが大きく溜息をつくと、待ち構えていたかのように、篤志がケンの頭を叩いた。
翌日の朝練で、成は何度も柳田に怒鳴り飛ばされた。昨日の練習も、である。成自身、それが練習に集中してないからだということはわかっている。
けれど、成には頭の中に残されてしまっていることが多すぎる。
合宿費は盗まれたまま。
それを萌子が立て替えている。
でもって、その犯人は右京じゃないかと萌子は思っていて。
たしかに、藤原はあの時間、グランドにはいなくて。
そして、萌子は。藤原のことが好きかもしれない。
成の頭はそのことでいっぱいだった。気づいたら、練習時間はもう終わっていて、慌しく教室に戻る部員たちがいた。
偶然目の前を、右京が歩いていた。周りには、もちろん誰もいない。
いっそ、聞いてみる？
成にとって、右京はそれほどとっつきにくい人間でもなかった。嫌がらせを受けた時の同志でもある。
「藤原。聞きたいことが、あるんだ」
「な、理香。千円札ある？」
ふいに顔をのぞかせた篤志に、理香は自分のロッカーを閉めて答える。
「何よ、急に。貧乏なら、あたしも同じ」
「違うって。小銭が増えまくっててさ。両替してくんない？」
そう言って、篤志は机の上に十円玉を百枚並べた。嫌そうな顔をして、自分の財布をのぞいた理香だったが、ふいに鍵のかかった引出しをあけ始めた。
「何？そこにへそくりでもしてんの？」
「ナイショよ。ここに部費を少し置いてるの。しかも今は合宿費もあったりして潤沢なんだ」
そういって、理香は封筒をのぞいて、そうだそうだと一枚の千円札を出した。
「はい。これね」
目の前に出された千円札を受け取った篤志は、一瞬にして嫌そうな顔をした。
「なんだよ、これ」
千円札の真ん中には、マジックで『友近知朗』とご立派に書いてあった。
「これだって立派な千円よ」
篤志は頬を膨らませながらも、その千円札を財布にしまった。
「ところで萌子は？」
「なんか今日は日直らしくて、先に教室に戻ったけど」
ふーんと言いながら、篤志は椅子に座る。美都はまだ仕事をしていて、理香が待っている状態だった。
「そういえば、環ちゃん。結婚延期だって？」
理香がそう話をふってきて、あぁと篤志は頷いた。
「正確に言えば、婚約破棄だね。まぁ、人生いろいろってことなんだろうけど」
初めは無断外泊を叱りつけようとしていた篤志の母親・昌江も、事情を聞いて突然泣き出してしまった。もう泣きたいのはこっちなのにさ、と環が篤志にぼやいていたことを思い出した。
「ところでさ、萌子に例の手紙って結局来てないんだよな」
昨日と今日と、張りこみをしてみたけれど、萌子の下駄箱には何も入ってなかった。
「あたしたちに恐れをなしたんじゃない？−あっ」
得意げに言った理香が、思い出したように突然大声を上げた。
「なんだ？」
「枡田圭介っ」
「誰それ？」
「…だったりして、もしかして…」
「おい、理香。俺にもわかるように話してくれよ」
理香は周りに誰もいないのを確認すると、篤志に小声で話した。
「実はね、ちょっと前に萌子の鞄に、枡田圭介って人からの手紙が入ってたこと思い出したの。もしかしたらその人だったりするかなって」
「手紙の内容は？」
理香は首を振る。もともと、萌子に内緒で鞄を開けてしまっていたのだし。
「けど、名前だってわかってわけだし、もしそうなら、あの時萌子だって、思い当たらないなんて言わなかったんじゃないか？」
「そっか…」
「それよりもさ、藤原のファンってことないかな？」
突然右京の名前が出てきて、理香は目をぱちくりさせる。
「実は昨日さ、萌子は藤原のことが好きなんだって山田が言い出してさ。
確かに、萌子ってかなり藤原に話かけるし、気にもしてるしさ」
だが、理香はうーんとうなってから、こう言い切った。
「萌子って優しいから、きっとすごく誤解されやすいかもしれないけど、あたしは友達だからわかるの。萌子と右京くんは、同志みたいなもので、萌子が好きなのは、成君よ」
話が話なだけに、人がいないところを探して、成が行きついたのは体育倉庫の裏だった。右京は黙ったままだ。
「この前、合宿費なくなったことあったろ？」
小さく、ああと右京が答える。しかし、その後が続かない。
「あれ…」
お前がやったのか、と聞いて、素直に答えるんだろうか。
いや、でも…。
成は思いきって言う決意を固めると、小さく息を吸込んだ。
「…あれ、盗まれたらしいんだ」
明らかに右京の目が変わった。するどく見返されて、成はそれでも答えた。
「見つかったって言ってたの、嘘らしいんだ。
実はまだ見つかってなくて、それを萌子が、立て替えてるらしくてさ」
右京の表情は、変わらない。
変わらないことを、成はどう受け取っていいのか悩む。
「それで、もしかして藤−」
「どうゆうことだ？早坂」
低い声が響いた。振りかえると、そこには柳田が立っていた。
「ヤナギさん…」
授業はもう午前中のみで、午後の練習までは自由時間だった。その昼の時間に、柳田にミーティングルームに来るようにと言われて、萌子も不安になっていた。心当たりがある分だけ、足が重かった。
部室の前に来ても、いつも掃除をしていたり、部室でじゃれあったりしてる部員がいない。おそらくは、柳田が人払いしたんだろう。
そして思った通り、ミーティングルームに萌子が入った途端に、椅子に座っていた柳田が怒鳴りつけた。
「おい沢木。この前合宿費が見つかったとか言ってたが、本当は見つかってないんだってな」
柳田はぐっと萌子を睨むように見つめた。
「どうして嘘をついた」
柳田の隣には、いつものように小山と笠間がいる。だが、二人とも怒鳴る柳田をいつものように責めたり、宥めたりはしない。じっと、萌子の答えを待っている。
「立派な犯罪だぞ。それとも何か？お前は犯人を知ってて庇ってるのか？」
「そんな…」
顔を上げると、笠間がじっと見つめていた。
「正直に、話すんだ」
萌子は再び顔を俯かせた。
「…ただ、ただわたしは。
試合に勝って、いい雰囲気だったのを壊したくなかっただけです」
「だからって、お前が庇ったら、相手の思う壺だろうが」
柳田の声が柔らかくなったのがわかる。萌子は、小声で答える。
「言ってくれると思ったんです。本当のことは、その人だけが知ってるから。それに、もしかしたら、どうしてもお金がそのとき必要だったかもしれないって。一時の気の迷いでしてしまったことで、退部になっても困ると思って」
柳田は大きく溜息をつくと、椅子から立ちあがった。そして、萌子に命令した。
「これから、部員を部室に集合させて、犯人探しをやる。このことは、監督には内緒だ。朔哉にそう伝えて来い」
朔哉は偶然、忘れ物があって部室にやってきていた。練習までは数時間あったが、いつも誰かしらが部室にいることを知っていたから、鍵は必要無いと思っていた。
だが今日は何やら静かだし、ドアも閉まっている。おかしいと、ミーティングルームのドアノブを回すと、ドアが開き、中に重々しい雰囲気の柳田たちがいるのが見えた。
「珍しいですね、こんな時間に。何かあったんですか？」
軽く聞きながら、朔哉は部室へのドアを開けようとして、笠間の声にその手を止めた。
「合宿費の犯人が、まだ捕まってなかったんだ」
「犯人って、あれはモエチャンの勘違いで−」
振りかえった朔哉に映ったのは、三人が三人とも俯いている光景だった。
「沢木が、金を立て替えてたんだ」
小山は先ほどの話を、朔哉に聞かせる。
「どうして、また」
「いい雰囲気を壊したくなかったんだってさ。それに、犯人が部員だった場合に、沢木が勝手にお金を出したら、反省するだろうと思ったそうだよ」
それまで口を閉ざしていた柳田が低く呟く。
「ったくあいつは、一人で行動しやがって…」
やはり犯人がいるというのか。
しかも部員に？
けど、五十万だぞ。気の迷いでやるにしても、額が大きくないか？
そう考えて、ふと朔哉は気づいた。
「ヤナギさん。さっきモエチャンが立て替えたって言ってましたよね」
「ああ」
「ひとりで、全部ですか？」
「知らん」
「だってあの日、午前中に無くなって、昼にはもう出てきてたんですよ。いつ、どうやって彼女ひとりで用意するんですか？慌てて銀行に走る時間と余裕なんかなかったでしょう？」
「まずっ、やばっ」
そう言いながら、部室に向って篤志は走っていた。途中、ジャージ姿の部員たちともすれ違って、からかわれる。
「何やってんだ、アッチ。完全に遅刻だぞっ？」
慌てて部室に駆け込もうとした時、ふいに隣のミーティングルームが静かなことに気づく。
いつもなら、マネージャーの三人が、どやどやと動き回ってるために、ドアは開け放たれて、騒がしい声が響いているのに。
篤志はちょっと窓の前に立って、中をのぞいてみる。柳田たち三年三人と、朔哉、萌子たちマネージャー三人が見える。その中で、萌子はうなだれるようにして、一人で立たされていた。
なんだ？こりゃ？
耳を澄ますと、柳田が萌子に質問をしてる声が聞こえた。
「盗まれた合宿費を、お前は立て替えたと言ってたが、どうやって瞬時に立て替えたんだ？」
柳田のやり方、言い方に納得できない理香が叫ぶ。
「萌子じゃないわっ」
「小池は黙ってろ」
篤志は驚いた。
無くなって、そのあと見つかった合宿費は、実は萌子が立て替えた物だった？
思わず篤志は耳をガラスにぴたりとつける。
「俺たちもそう思ってるわけじゃない」
笠間がそう言って理香をなだめた。萌子は、力なく答える。
「友達が、貸してくれて…」
「じゃあ、その友達はどこにいる？」
質問の意味に気づき、萌子は顔を上げる。柳田は言った。
「俺の質問に答えろ」
「彼女を、疑ってるんですか？」
「沢木、落ちついて−」
笠間の声を振り払うように柳田が言いきった。
「ああ、そうだ。どこの高校生が、学校に五十万の大金を、しかも現金で持ってくるんだ。しかも、それを友達に簡単に貸せるはずないだろう」
「違います。彼女は、そんなんじゃないわっ」
悲痛な声が、朔哉には痛かった。
こうしたかったわけじゃない。
それは、柳田も同じ気持ちだ。
「テニス部が見た女子生徒も、そいつかもしれない」
「それは私です」
「だったら、お前だっていう確証はどこにあるんだ」
「でも彼女は違います。絶対、違います」
言いきる萌子を、柳田はあきらめ、この事を終わらせるために萌子に言った。
「とにかく、呼んで来い。それで何もかもはっきりするだろ」
すぐさま踵を返して、萌子がミーティングルームを飛び出していく。開け放たれたドアからは、頭を抱えた柳田が見えた。そして笠間が言う。
「悪いが、朔哉。一応、見てきてやってくれるか？」
誰もがいい気分ではなかった。
それは篤志も同じだった。
朔哉が出てくる前に、気持ちの悪いまま篤志は部室に入り、着替えはじめる。すると明るくケンが話かけてきた。
「おい、アッチ。昨日貸した千円返してくれよ」
何となく腹立たしくなって、篤志は荒荒しく財布を開けると、あのいまいましい千円札が目に付いた。そして、それをケンに無言で差し出す。
「サンキュ…って、何だよ、コレ」
ケンの声に、思わず皆が振りかえった。そして、知朗が明るい声を上げる。
「おっ、それ俺のお札だっ」
「何でお前、金に名前書いてるわけ？」
ケンの呆れた声を無視して、知朗は嬉しそうにお札を眺める。
「金は天下の周り物ってゆーだろ？いつかは巡り巡って俺の元に来るかなってさ、試したわけよ。それにしても、意外と巡るのって早いのな」
「っつーか、お前んじゃねぇだろ、コレ」
厳己が知朗に聞く。
「早いって、何時書いたんだ？」
「この前の合宿費ん時に、はじめて使ってみた」
「うへ、一週間？はや」
呆れかえりながらも、しっかりと知朗からその千円札を取り返し、答えたケンを見ながら、篤志ははっと気づいた。
「あ」
ケンも知朗も振りかえったが、篤志は平然を装って答える。
「いや、何でも無い…」
この千円札は、つまり合宿費を盗んだ犯人しか持ちえないものだ。
それが、部費としてサッカー部にあるってことは、犯人がそのお金を元に戻したってこと。
それこそが、犯人がまぎれも無く、萌子の友人・百合である証拠であった。
静まりかえった中で、理香が立ちあがった。
「あたし、やっぱり−」
「小池は部活に出ろ」
「だって−」
理香は怒りで赤くなっていた。笠間は言葉を選んで話す。
「犯人を掴まえたい気持ちはわかる。けど、結局傷つくのは沢木だ」
その重さに、ついに美都は部室を出ていった。そして、笠間がそっと呟く。
「信じていた人に裏切られるのは、辛いことだからな」
生徒のいなくなった教室のドアを勢いよく萌子が開けると、ちょうど萌子の席のあたりに立っていた百合が、びくっとして振りかえった。
「…よかった、百合。まだ学校にいてくれて。あのね−」
わざと明るい声を出した萌子だが、ふと百合が手にしていたものが、ばさばさと床に落ちたことに気づいて、それを拾う。その途端に、声が強張った。
「…。また、手紙入ってたんだ」
ここ二日間はなかった怪文書が、百合の手にも、足元にも撒かれていた。萌子が別の一通も取ろうとしたところで、百合が声を荒げて言う。
「…馬鹿じゃないの？もう、わかったんでしょ？
そうよ、あたしがこの手紙書いてたの、ずっと」
百合は、手にしている手紙を握りつぶした。
「何とか言えば？いい子ぶってないで」
嘘、だよね。
「いい子、ぶってなんかないわ…。
どう、して？」
嘘、だよね。百合。
「どうして？
そうね、どうしてあたしがこんなことするようになったのか、わかるような萌子だったら、こんなことにはならなかった」
グランドから聞こえる生徒たちの声が、やけに遠くに聞こえる。
「…わたしたち、友達だって、百合。そう言ったじゃない」
「先に裏切ったのは、萌子でしょ？」
どうして、友達でしょ？
デジャヴに似た感覚が、萌子を襲った。
百合は、萌子を無視するように、窓から海を見つめている。
「友近君や藤原君じゃ、満足できなかったの？それとも、人の物がほしくなったの？」
「違うわ」
「あたしが早坂君のこと好きなの、知ってたくせに、横から泥棒猫みたいに」
「泥棒猫って、わたしは別にせい…早坂君のことは−」
「今だって、成って名前で呼ぼうとしたじゃない。ずいぶん仲良くなったのね」
「それは−」
だが、そういう萌子の声に力はなかった。
萌子は、混乱していた。
よく、わからない。
どうして、こんなことになってるの？
どうして、百合…。
百合は振りかえると、反対に声を大きくして言った。
「もういい訳なんか聞きたくないよ。もう、いい。
いつだって、萌子はそうだったもの。内緒で何かしてて、ばれたら言いわけして。
あたし、七夕のことだって、知ってるんだから。
試合の後で、会う約束した時も、早坂君に言わなかった事、知ってるんだから」
「それは−」
「いい訳はもういいって言ってるでしょう。もう、いいのよ」
「もう、いいって？」
虚ろだった萌子と、そんな萌子から視線を逸らしていた百合の視線が、その時交わった。
「友達じゃないってことよ。
だって、もう駄目じゃない。
萌子はあたしに隠し事してて、あたしは萌子に嫌がらせをしてた。手紙だって、そう。あの合宿費もそうよ。
手紙を入れた後、部室の前を通りかかって、萌子がお金を缶に入れてるのが見えたわ。それから、慌てて出ていくのも。そして、誰も中にいなくなった。このお金が無くなったら、萌子は困るんだろうなと思ったら、盗んでたわ。
萌子に渡したお金は、そのお金よ。結局、お金は元に戻ったってわけ」
馬鹿みたい、と百合は呟いた。
「見事な偽善者だったね、萌子。
部員に、お金を盗むような人はいない。たしかに、盗んだのはあたしよ。でも、本当にそう思ってたら、先生でも警察でも届ければよかったのよ。そうしなかったのは、部員が犯人だと思ってたからでしょ？
マネージャーが命とか、部員の幸せが自分の幸せみたいな顔してたけどね。嘘ばっかり。
もう、たくさん」
そう言って、百合は手にしていた手紙をばら撒いた。萌子の虚ろな視界に、ひらひらと手紙は揺らめいて、落ちていく。
そして、百合は最後に言い残した。
「ばいばい、萌子」