Maybe Blue 第一部 海の鼓動
春隣4
二月十四日。
バレンタイン当日。
寒さに凍える早朝の練習だというのに、グランドにはどこか浮ついた雰囲気が漂っている。
「しっかり走れっ。一年っ」
だが、監督である石橋の声がグランドに響き渡ると、そんな雰囲気も一掃されてしまう。
「もう少しすれば、新入生が入ってくるぞ」
あと二ヶ月もすれば、萌子たち一年生は二年生に進級する。
新入生もスポーツ推薦者はもう決定しており、中には将来有望な選手もいるということも、理香の情報から部員全員が知っていた。
実力がいう凪高サッカー部において、三年が抜けたからといって、単純にひとつ上のチームに上がれるというのではないのだ。
「まあまあ、監督。今日はバレンタインなんですから」
理香がそういったものの、石橋は鋭い視線をグランドから理香に移して、
「だから、何だ」
と言うだけだった。
「だから、これです。はい。あたしたちマネージャー三人から」
計算だったのか、理香はそういうと三人で作ったチョコレートを石橋に渡す。だが、石橋は苦い顔をするだけだった。
「今は練習中だ。後にしろ、後に」
「はーい。…朝職員室に入るとき、チョコひとつでも持ってたら、監督も胸張れるかと思ったのにな」
理香はそう言って、チョコレートをベンチに置く。
石橋はため息をついて答えた。
「だったら、後で職員室に来い。チョコレートが山のようにあるぞ」
そうして、そう答えると、グランドの中に入っていってしまった。
「大丈夫？理香」
心配そうに美都が尋ねると、理香はきょとんとして答える。
「え？どうして」
「だって、職員室に呼び出されちゃって。チョコが山のようにあるなんて監督の言い方、棘があったし」
すると理香は違うよ、と笑った。
「あのね、選手宛にチョコレートが送られてきてるから、多分それを引き取れってこと。去年もすごかったんだって。アッチに聞いたことあるし」
「それにしても、バレンタインのことは言わないでもよかったのに」
萌子がそういうと、理香はわかってないなぁと答えた。
「ああいう風に言わないと、今日の午後の練習も、いつまでたっても終わんないよ。
ああ見えて監督、人情篤いから、今日の練習は定時にさくっと終わるはずだから」
でも、という萌子に、
「あのね。今日は決戦の日なんだからね。
あたしたち女子にとっても、男子にとっても」
と理香は鼻息荒く答えたのだった。
決戦の日、かどうかは別として、成は机に伏せてため息をついていた。
「どうした、色男？」
篤志が軽く頭を叩いて、成の前の席に座る。
昼休みを前に、成のところにはすでにチョコが2個渡されていた。
「いやさぁ」
知朗が、と言いかけたところで、日比野君と篤志が話しかけられた。
篤志が振り返ると、そこにはクラスメートの女の子が綺麗にラッピングされた袋を篤志に差し出した。
「これ、あげる」
「お、サンキュー」
あまりにあっさりした受け渡しで、成がきょとんとしていると、彼女はもうひとつ取り出して、今度は成に差し出した。
「あの、早坂君にも。サッカー、頑張ってね」
「ああ…。ありがと」
彼女は顔を赤らめると、そのままパタパタと教室を出て行った。
渡された包装紙を見つめていると、睨むように自分を見ている篤志と目があった。
「…なんだよ」
「俺の、義理チョコっぽい」
「何言ってんだよ」
「だって、お前には『サッカー頑張ってね』ってメッセージつきだもん」
「つーか、お前には小池いるから関係ないだろ」
「それとこれは関係ないの」
そういうものか、成にはわからずに黙り込むと、篤志がふと聞いてきた。
「聞きたかったんだけどさ、チョコアレルギーなら、もらったチョコはどうするわけ？」
「姉ちゃんが食ってた」
だけど、それは去年までのことで、成としても家を出てしまった今となっては、どうしていいのかわからなかった。
「それって、彼女のチョコレートも？」
篤志にそう尋ねられて、成ははたと気づいた。
「食べたら、蕁麻疹が出て学校休んだ」
ただそれも、小学校の頃の話だ。
振り返ると、ちょうどバレンタインの時期に、成は彼女がいたことも、好きだった子からチョコレートをもらったこともない。
成が黙っていると、篤志が神妙な面持ちで言った。
「理香が言うんだよね、チョコレート作るのって、結構大変なんだって。服につけると大変だし、他にも色々あるんだって」
うんと成が頷くと、篤志はだからさ、と話を続けた。
「好きな子からもらったチョコだけは、やっぱりそれでも食べるべきだと思う」
篤志がそう言ったところで、また遠くのほうから、篤志の名前を女の子が呼ぶ。
何だかんだと篤志だって人気者なのだ。
嬉しさを背中に漂わせ、成の前から消えていく後姿を見て、成はまたため息をついた。
何だよ。
知朗と同じようなこと、言うなよな。
理香の言っていたことは本当で、放課後の練習は驚くほどあっさりと終わった。
「あたしたちのチョコも効いてるのよ」
と理香は言ったけれど、実際のところはわからない。
萌子が部室に入り、片づけをしていると、ひとり着替えが遅れていた園部が、学ランのボタンを留めながら声をかけてきた。
「沢木。ありがとな、チョコレート」
「ありがと。でもそれ、ほとんど作ったの、美都なの。美都にも今の言葉、言ってもらえるかな」
「けど、あいつってばそれどころじゃないっしょ」
園部がそう答える。
確かに今日の美都は、いつもよりもミスが多かった。
どうやら、和美にチョコレートを渡すことで、頭の中がいっぱいのようだ。
付き合ってもう半年以上も経つというのに、二人の関係には緊張感がある。
「そっか。そうだね」
萌子がそう答えると、園部はニヤニヤしながら尋ねてきた。
「で、沢木は誰にあげるわけ？チョコレート」
「え？」
「友近？藤原？それとも、穴場狙いで、早坂とか？」
「え？」
出てきた名前に一瞬萌子は言葉を失ったが、それでも、
「やだな。園部君。皆にはチョコあげてるじゃない」
とすぐに返した。
「ちぇっ。そういう交わし方かよ」
園部はそう答えたけれど、一瞬あたりを伺うようにしてから、
「けど、早坂と付き合ってるって噂、聞いたぜ」
と言った。
部室には、園部と萌子だけで、園部の言葉は萌子をどきりとさせた。
だが、萌子は平然として答える。
「ただの噂でしょう。別に、成とは、普通の部員同士だし」
「そっか、なら安心。
マネージャー全員が、部員たちとつきあってたらさ、こっちもやり辛いんだよね。本当は」
それは実のところ、萌子も気にしていることだった。
美都はさておき、理香なんかはストレートに篤志を優先する時もあって、傍から見ていて、ドキッとすることがたまにある。
それに、部員が目的で入部したのではないかと思われることは心外だった。
理香にしても、美都にしても、理由のひとつに好きな人がいるから、というのもあるが、決してそれだけではないことは、日々の練習を見ていればわかる。
だが、部員目的に見られてしまうと、理香たちの努力は水の泡のようにかき消されてしまうのだ。
残念なことだけど。
萌子はそう思いながら、気づいたように園部に言う。
「そんなことより、園部君。急がないと彼女が待ってるんじゃない？」
園部はどうやら去年のクリスマスあたりから彼女ができたらしいのだ。
「やべっ。じゃな」
そういうと、園部は慌てて部室を出て行った。
帰り支度を済ませた美都は、鞄の中を覗いて、一気に気持ちが沈んだ。
萌子も理香もすでに部室を出ていて、今は美都一人だ。おそらく外では和美が自分のことを待っていてくれているはず。
今朝までは緊張とドキドキとで浮ついていたのだが、昼休みにそれが一変した。
やってきたのは同じ中学の関谷可奈子で、明らかに美都あてではない小さな包みを差し出してきた。
「これ、早坂君に渡してもらえるかな」
中身は聞かなくてもわかる。チョコレートだ、しかも本命の。
「可奈子ちゃんが渡した方がいいよ」
少し悩んで美都はそう言った。サッカー部員への仲介を、マネージャーに頼んでくる女子生徒もいたが、全部を取り次いでいてもきりがない。
それに本気なら、直接渡した方がいい。
しかし関谷は首を左右に振った。
「実はもう一度ふられてるの。でもどうしても渡したくて。ロッカーに入れてくれるだけでもいいの。お願い」
涙で潤んだ目で頼まれると、美都も断れず、結局それを受け取ってしまった。時間を見つけて渡そうとは思うものの、タイミングがつかめず、この時間になってしまったのだ。
とはいえ自分のチョコレートのこともあり、美都はため息をついて部室の前に立っていた。
和美君が出てくる前に早坂君に渡さないと。
とはいえ、和美がいるのに成を呼び出すのも、おかしな気がする。
もっと早くに渡しておけばよかった。
後悔しても、時間は巻き戻せない。美都が再び大きなため息をついた時、部室のドアが開いた。
出てきたのは湊だ。
「お疲れさま椎名。和美、呼んでこようか？」
「ううん、違うの。…あの、湊君。これ、早坂くんに渡してもらえない？」
よかったと預かり物を湊に差し出すと、湊は怪訝そうな顔をした。
「椎名から？…じゃないよね？」
「二組の関谷可奈子ちゃん。頼まれちゃって」
それを聞いて湊も納得したらしい。
「わかった。…これ、チョコレートだよね？」
「うん。どうして？」
「実はさ、成ってチョコアレルギーなんだ。だから食べれないんだよね」
その子に聞かれたら、そう伝えておいてもらえるかな、と湊は付け加えた。チョコレート以外のものなら受け取るということだろう。相手のことまで思って教えてくれる湊は本当に優しいと思いながら、美都は返事をする。
「うん、わかった。あ」
脳裏にチョコレート作りをしたときに萌子が言った言葉が過った。
『私には、チョコは必要ないから』
あれって、もしかして…。
「どうかした？椎名」
急に声を上げたかと思うと黙り込んだ美都に、心配そうに湊が尋ねる。
「何でもない」
美都は慌てて首を左右に振ったが、その考えが自分の中でどんどん確信めいていくのを感じた。
馬鹿だな、俺ってば。
いつもの時間より、十五分も早くスーパーについた成は、寒空の中に立ちながら思った。
だいたい、萌子と約束してるわけでもないのに。
そういって、息を吐き両手を擦り合わせようとして、成は手にしていた紙袋に気づいて、慌てて我慢をする。
それは、萌子と映画を見た帰りに、買った手袋だ。
靴紐のお礼、だと成は思っている。
あの日、萌子が見つけた靴紐を、成が手にして、これにすると言うと、途端に萌子はそれを取り上げてレジに持って行ったのだ。
「これ、お願いします」
「萌子。俺、払うから」
「いいの。あたし、ここの割引券持ってるし、それに。今度初めてのスタメンでしょう？
そのお祝いに」
そうして、成が財布を取り出す前に、萌子が支払いを済ませてしまったのだ。
「ごめん。今度、お礼するから」
そういう成に、萌子は言った。
「それじゃ、今度の試合に勝って」
「え？」
「初めてスタメンの公式試合で、初勝利。それで十分、私は嬉しいから」
そういうと、萌子は先に店を出て行ったのだ。
もちろん、それは萌子との約束として。
だけど、靴紐を買ってもらったわけだし、と、成はあの日用事があると言って映画館から慌てて出て行く萌子を見送ると、デパートに立ち寄って、この手袋を買った。
特に理由がないが、萌子は手袋を持っていないそうなのだ。
薄いブルーの手袋は、試合の間中ベンチに座りっぱなしの萌子に似合いそうな気がして買った。
嬉しさで綻ぶ顔が、一瞬揺らいだのは、知朗のことを思い出したからだ。
知朗に呼び出されたのは、朝練の後だった。
「わかってんだろうな」
初めからけんか腰のような知朗に、成は戸惑った。
「何が？」
素直に聞くと、知朗は苛立ったように成を睨みつけてから、言った。
「今日は、決戦の日なんだ」
へ？決戦？
頭の中にハテナマークを並べる成に、だからっと苛立った声で知朗が言う。
「だからっ、チョコレート嫌いか、アレルギーかしんねぇけどっ。
食えよ、好きな女のチョコなら」
は？と尋ねる成を、知朗は無視して続けた。
「けじめ、つけろってこと」
それだけ言うと、知朗はさっさと校舎に入って行った。
何だ？
午後の練習の時に、聞こうかと思った成だが、話しかける隙が知朗にはなくて、結局そのままになっている。
けじめ、つけろ。か。
そう思いながら、成はスーパーの時計を確認する。
九時半まで、あと五分だ。
スーパーの中では、バレンタインのチョコレート売り場に、ついに「半額」という値がつき始めていた。それを見ていたおばさんたちが、狙っていたかのようにチョコレートを買っている。
もしも。
万が一だけど。
萌子が、チョコレートをくれたなら。
食べる。
蕁麻疹なんか関係なく。
だけど、もし。クッキーをくれたなら。
今度こそ、きちんと言おう。
萌子が、好きだって。
ちょっと遅れちゃったな。
急がないと。
萌子はそう思って、鞄を持って、玄関へと向う。
その手前の姿見に映った姿に気づき、萌子は慌てて髪を整える。
「よし」
小さくそう呟いて、靴を履く。
電気を消し、振り返ると、誰も居ない静まり返った居間が見える。
「…行ってきます」
そういってはみたものの、当然返事はない。
慣れているといえば、慣れていた。
だが、慣れるというのと、寂しくないという感情は、また別のものである。
ちょうど、選手権で負けて、一週間ほどした時だった。
「萌子、ちょっと話があるの」
初め母親がそういった時、萌子は驚いた。
もしかして、また離婚するとかいうのかな。
凪浜にやってきてからしばらくは、父親の仕事もそれほど忙しくなかったものの、ここ数ヶ月は毎晩遅くに帰ってきたり、出張が続いていて、萌子も部活に忙しかったりすると、あまり家族で顔を合わす時間もなく過ぎていた。
そんなときだから、萌子はそう思ったのだ。
だが、母からの話はそれとは違うものだった。
「実はね、働こうかと思って」
「え？」
聞けば、友人がお店を出したのだという。その手伝いが出来る人を探していて、萌子の母親にも話が来たのだ。
「お父さんも仕事で忙しいし、萌子も部活に忙しいでしょ？
私も、何かしたくなって」
父親は萌子がいいといえば、仕事を始めてもいいと言っているらしい。
「あなたを見てると、羨ましいなって思ったの。
好きなこと、一生懸命やってて。私もね、もう一度やってみたいなって、そう思って」
ダメかしら？という母に、萌子は首を左右に振るしかなかった。
もともと、家の中に閉じ込められるのが苦手な人なのだ。
だから、小さい頃は、萌子の習い事に一生懸命で、
別居してからは、仕事に一生懸命で、
よく考えれば、当然の流れだった。
「いいよ。私も、もう高校生だもん。大丈夫」
「ありがとう」
そうは言ってみたものの、やはり暗い家に一人帰り、冷たいご飯を一人で食べる生活は、どこか萌子に寂しさを感じさせた。この一年近く、凪高のメンバーとにぎやかに過ごしていただけに、久しぶりの一人は、余計に寂しさを募らせていた。
一人で家にいるのも何だか嫌で、偶然、買い忘れたものを買いに行ったところで成に会った。
それからほぼ毎日、近くのスーパーで会っている。
ほんの三十分だった。
毎日学校で顔をあわせている成と、何を話しているのかと尋ねられると、いまいち思い出せない。
だが、その三十分が、何よりも萌子にとっては待ち遠しい時間となっていた。
そして、成の誘いによって、萌子が寮に夕食を作りに行く日以外は、暗黙の了解でスーパーの前に待ち合わせるようになっていた。
三十分が短いと、萌子は感じたこともある。
帰りたくない。
そう思って足を止めた萌子に、成はまっすぐに聞いてきた。
『もしかして帰りたくない、とか？』
言い当てられて、戸惑ったのは萌子の方で。
だが、口ごもる萌子に、成は言ったのだ。
『誰も家に居ないんだろう。一人きりの家って寂しいし。
もしそうだったら今度さ、寮に来て、皆で晩ごはん食べない？』
夜でよかった。とあの時萌子は思った。
しかも、寒い冬でよかったと。
零れそうになった涙は、暗闇に隠れ、赤くなってしまった鼻は、寒さのせいにすることができたから。
『実は俺、駄目なんだ、チョコ』
そういった成に、思わずクッキーはどうかと聞いてしまったのは、萌子自身も気づいたら口にしていた言葉だった。
それでも、成に何かを渡したいと思った気持ちは本当で。
――だけど、あれは偶然だった。
試合前にスパイクの紐が切れてしまった成に似合うようなものを、と出かけた店で、成に会うなんて萌子は思っていなかった。
しかも、自分が探している時に、心の準備をする時間なく、成が現れた。
思わず気に入っていた紐を成に差し出したのは、弾みで。
映画だって、そう。
本当に、見たかった映画が通り道でやっていた、というだけ。
『見よう、か』
珍しく成がそう誘ってくれた時、萌子はすぐに頷けなかった。
休日の、しかもサッカー部の練習のない日。
隣の町で、成に偶然出会って、一緒に見たかった映画を見る。
偶然が重なった、それは、萌子にとってひとつの奇蹟にも思えた。
ドキドキする鼓動を抑えながら、うんと答えるのだけで精一杯で。
結局見たかった映画も、全然頭に入ってこなかった。
どんな最高のラブストーリーでも、それ以上に萌子の胸を高ぶらせることはなかったのだ。
寒い夜風が一瞬強く吹き抜けて、萌子は思わず足を止めてマフラーを握りしめる。すると、手にしている小さな紙袋がカサッと音を立る。
成の為に昨日の夜作った、バレンタインのチョコならぬクッキーだ。
好き、なのかな。
成のこと。
特別な日に、特別なものを贈るその意味を、萌子はもちろん知っている。
けれど、「好き」という感情は、未だにうまくわからない。
前に好きだった人も、憧れの人の恋人だったからではないかと思ったことさえある。
…だけど、そんなことよりも。
萌子は、マフラーから手を離すと、歩き出した。
会いたい。早く、成に。
鼓動が弾んでいるのは、早足で歩いている為なのか、それとも成に会えると思うからなのか、もはや萌子にはわからなかった。
とにかく、早く。
成に、会いたい。
静まり返った住宅街の中に、いつも成と別れる公園が見えてくる。
ここを過ぎれば、スーパーまであと数分だ。
辺りには萌子の足音が、いつもより大きく響いている。いつもは成と一緒で萌子は気づいていなかったのだが、この公園は電灯もあまりついていないような暗く人気のない公園だった。
それに萌子は、気づいていなかった。ひたひたと忍び寄る足音に。
公園を通り過ぎようとしたところだった。
背後に気配と感じて振り返ろうとした時、突然後ろから出てきた手によって、萌子は羽交い絞めにされた。
叫び声をあげようとする前に、その手は萌子の口を塞ぐ。
「！」
助けてっ。
必死でその手を離そうともがいていると、萌子の目の前に、ナイフがキラリと光った。
「っっ」
助けてっ、成っ。
何も言えず、萌子はそのまま公園の中に引きずり込まれた。