それから一時間ほどして、英次の両親が真っ青な顔で到着した。英次の無事を聞くと、気が抜けたらしく、おばさんが泣き出し、その声で英次は目を覚ますことになった。そのまま英次は精密検査も受けたが、脳に異常なしと判断され、結果として左手の骨折で全治２週間という異常なくらいに軽い診断がなされた。でもこれは、花音のおかげなのだ。
　検査が終わると、もう夕方になっていた。付きいはおばさんがするということで、俺と未来は家に帰ることになった。
　未来はおばさんが来てから、妙によそよそしかった。昔はそんなことなかったはずだ。おかしいな、と思いながら、未来との別れ際に、ふとあの時のことを思い出した。
「な、未来。あの時、俺に何を言おうとしたんだよ？」
それは英次が事故に遭う直前のこと。未来は俺に何か言いかけ、でも一度止めてからまた話そうとして車道に飛び出した。そしてそこに車がやってきたのだ。
　未来は笑顔をやめ、俺の顔をじっと見ていたが、意を決し、かばんの中から指輪を出して俺に渡した。輝くダイヤモンドが、高そうな指輪だった。
「それ、１週間前に英次にもらったの。結婚しようって。…一応、婚約指輪なの」
唖然としてる俺の前で
未来は側にあったベンチに腰を下ろした。
「大学卒業したら、すぐに結婚しようって。でも、そんなのこと考えてもなくて、まだ返事してないの。第一、英次のご両親は、わたしのこと快く思ってないみたいだし」
　俺はしばらく、無言になった。
　昨日から、いや、花音が俺の前に現われてから、俺は自分の日常についていけない。
　ちょっと待ってくれ。
　何度もそう言いたかった。でも、時間は待ってはくれない。
混乱してる頭をなるべく整理して、落ち着いて考えようと思ったときに、未来がその口を開いた。
「でも、決めた。だって、英次は命を張ってまで、わたしのこと助けてくれたんだもの…」
だけと俺を見つめる未来に、貫く強い意志は見えなかった。けど、それが何なのか俺にはわからなかったけど、きっと未来は安心したいんだと、俺は思い始めた。昨日の俺のように、大丈夫だって言ってほしいんじゃないか、と。
「俺は、心から祝福するよ。英次と未来の結婚。だから、頑張れよ」
未来は大きく目を見開いて、俺を見つめた。その言葉を確かめるように、俺の心まで見通すように、じっとみつめて、それから何度か瞬きをすると、そっと視線を外した。
「…ありが…と」
その目には、うっすらと涙が浮かんでいるように俺には思えた。
　そのまま小さくなる未来の後姿を見送っていると、後ろで花音が小さく呟いた。
「未来さん、穂高のこと好きなのね」
突拍子もない言葉に、俺は呆れた。
「何また勝手な憶測言ってるんだよ。あいつは、今英次と結婚することを決心してたんだぞ。頑張るって言ってたじゃないかよ」
「バカね。あれは穂高に、英次の事故を自分のせいにするなといってほしかったのよ、きっと。だけど穂高は何も言ってくれないから、自分から切り出したの。穂高って全然わかってないんだから」
俺は反対しかけて、でもどこかでまた自分が期待してることに気付き、口を閉ざした。
「何よ、怒った顔して」
花音はそう言って、俺の顔をのぞきこむ。
「チャンスじゃないの」
俺は花音をにらんだ。
「いいか？仮に、もしも、未来が俺を好きだったとしても、チャンスなんかじゃねぇよ。俺は、英次が本気で好きになった女をあいつから奪う気は全くないからなっ」
そういうと、不満そうにしている花音を置いて、俺は自分の家に向かった。