おばあさんの家は、俺のアパートから歩いて５分くらいのところだった。
「本当にありがとうねぇ」
おばあさんにはそのままお茶もすすめられたけど、俺は用事があるからと言って断った。それでもおばあさんは丁寧に、家の門のところまで俺を送り出してくれた。
「よかったら、また来て下さいな」
そのおばあさんの笑顔は、俺のばあちゃんにも似ていた。別れを言って、おばあさんに頭を下げたとき、視界の端に、おばあさんにしては妙にいかした車が見えた。表札には、たしか浅井イチ子としか書かれていなかった。
「ああ、あれは、じいさんの車でねぇ。７０をとうに越えていたのに、死ぬ前の日まで乗っておった車だよ」
おばあさんの顔は、昔を思い出す懐かしそうな顔になる。
「そうそう、良かったらもらってくれないかねぇ。わたしゃ車に乗れないし、子供もいなくてねぇ」
突然の申し出に、俺は戸惑った。
　一応免許は持っている。
「いえ…。駐車場もないし、いいです」
「そうかい？でも、乗りたくなったらいつでもいらっしゃいな。車も喜ぶだろうしねぇ」
俺はありがとうございます、と言っておばあさんに別れを告げた。ただ、おばあさんは、にっこりと笑って、ぼそっと一言言っていた。
「時は人の心を癒してくれるけど、人の心も変えてしまう。昔は、人はもっと親切なもんだったけどねぇ。でも、あんたみたいないい青年と会えて、今日はいい冥土の土産になったよ」
　おばあさんの家を出て、とりあえず家に戻ろうとすると、角を曲がって急に花音が現われた。
「あのおばあさんね。あと１週間で死んじゃうのよ。もしかしたら、そのこと知ってるのかもね」
花音の顔は、また寂しそうな顔だった。
「何でお前がそんなこと知ってるんだよ」
「天使の仕事だからよ。死んだ人の魂を、無事天国に送り届けるのが、天使の本来のお仕事なの。本当だったら、あたしがあのおばあちゃんの魂も運ぶ予定だったんだ…。穂高が杏樹を割らなかったらねっ」
花音は最後に明るく言うと、俺に笑いかけた。
「それじゃ、次は交換所！」


　驚くことに、その宝くじは当たっていた。
「おめでとうございます」
　かくして、俺の手元には、いきなり１０万円ものお金が舞い降りてきた。
「それじゃ、次。プレゼント買いにいこっ」
花音はそれだけ言うと、またも俺の前を歩き出した。
「お前、知ってたのか？この宝くじが当たってるってこと」
だけど、花音はそれには答えずに、ただ笑うだけだった。


　未来へのプレゼントは、花音の選んだ真珠のイヤリングになった。
「値段もお手お頃だし、デザインも洒落てる。これしかないっ」
　だからって、こんな高級な店で値切れとかって俺に命令するなよ。恥ずかしい奴。
「やってみなきゃわからないでしょ？穂高の意気地なし」
店を出ると、花音は腕組をして言った。
「次は、穂高の服を買おう。かっこいいやつ」
俺の手元には、５万残っていた。でも、俺は首を振った。
「残りは返すよ、あのおばあさんに。ものもとおばあさんのだし」
花音は驚いた顔をした。
「変わってるね、穂高って。人間ってもっと欲深なのに」
でも、反対はしなかった。