あたしは次の日の朝も、早起きをして、昨日と同じ時間のバスに乗った。あの美少年がいることを期待して。
　でも、いなかったの。
　なんだ…。残念。
学校について、下駄箱の前に立ったとき、後ろからバカ明るい声がした。
「おっす、紗那。早いじゃん」
朝練だからと、早くに出ていった蘇王が立っていた。
　朝練だったんじゃないの？
「オレは今日の日直なの。ちょっと悪いな」
蘇王はあたしの後ろから手を伸ばして、上にある自分の下駄箱を開けた。すると、ぱらりと手紙が落ちて、あたしはそれを拾った。
　なにこれ？
はい、と蘇王に渡すと、蘇王は他にも何通か手紙を持っていた。
「４，５、でもってそれで６。今日は少ないな」
そう言って蘇王はその手紙をかばんに入れた。
　何それ？
「ラブレター」
　ラブレターが１日に６通で少ないだってぇ？
「だいたい、いつもは１０通なんだ。中等部もいれてくし」
　あっそ。
　で、あんたはそれをどうするの？
「一応は読む。けど、その後別に会ったりしないし、もちろんつきあわない。神楽とは違って、オレはえみるちゃん一筋なんだ」
　そうそう、蘇王ってば花岡えみるっていうぶりぶりアイドルの大ファンなのよね。
　でも、それって、なんか違くない？
　まあ神楽よかましだけど。
「あいつも毎日ラブレター入ってるみたいだぜ。千寿はその場で捨てるけど」
　捨てる？ラブレターを？相変わらずの冷たい男ね。まったく。
あたしはそう言って、自分の下駄箱を開けた。そこには１通の手紙が入っていた。
「おっ。紗那にもラブレターじゃん」
　嘘ぉ、こんなの初めてだ。
　いやぁ、もてる女はつらいわぁ。
「案外不幸の手紙だったりして」
　黙れっ、蘇王っ。
あたしは手を伸ばしてきた蘇王より先に、その手紙を掴むと蘇王には見せないようにして手紙を開いた。その手紙は、封筒もなくて、ただのルーズリーフを四つ折りにしただけだった。
　なんて書いてあるのかなぁ。
　あなたのことが、好きです、なんて書いてあるのかな。
　それともつきあってください、とか？
でも、あたしは手紙を開いた途端、顔色が変わったことを、蘇王は見逃さなかった。
「何？どうした？」
呆然としているあたしから、手紙を受け取ると、蘇王も顔色を変えた。
　そこにはシンプルに走り書きされた文字が並べられていた。
『気をつけろ、狙われている』　



「なるほどね」
昼休みの屋上、あたしと火狩３兄弟は集まった。もちろん、あたしの手紙のことで。
　手紙を読んだ千寿はそう言って、今度はその手紙を神楽に渡した。神楽は手紙を棒読みした。
「気をつけろ、狙われている…。いたずらじゃねぇの？」
そうして手紙をあたしに渡す。冗談と思っている神楽と違って、千寿と蘇王は結構真剣だ。
「奴らかもしれない。あの時、紗那は奴らに会ったわけだし、オレたちの仲間と思われてるのかもしれないぜ」
「でも、あいつら何もして来ねぇじゃん」
蘇王に反対して、神楽はそう言った。そして屋上を見渡す。ここはあの時の戦場なのだ。
「だいたい、オレには御堂って奴も知らなけりゃ、奴らに狙われる理由もないわけだし、シャドーとか、覚醒とか、わかんねぇことばっかだぜ？誰かと勘違いしてたんじゃねぇの？」
　シャドーというのは、神楽を狙っていたブッキーズその1が言った言葉。
『俺はお前のシャドーだ』
そして御堂が言った言葉。
『覚醒せずとも終えてしまえ』
お気楽極楽の神楽に、千寿が鋭く言う。
「勘違いしてた奴が、お前の名前を呼ぶのか？」
千寿は黙り込んだ神楽からあたしに視線を移した。
「ところで、お前に心当たりはあるのか？」
　ないわけ、じゃない…けど。
ずっと黙っている千寿は言った。
「あるんだな」
仕方なく頷いて、あたしは言った。
「最近、あたしのこと見てる人がいるの、じっと。バス停とか、街中で」
３人は驚いた顔をした。
「でもねっ、違うっ。彼はそんなひとじゃないのっ」
「誰だよ、そいつ」
蘇王が聞いた。
「…知らない」
千寿はあたしを見据えて言った。
「いいか？襲われたくなかったら、何かあれば話せと言っただろう？お前を巻き込んだのは俺たちの責任だ。だがな、お前が話さないと責任を果たせようにもできない。それにお前に何かあれば、おばさんに申し訳ない。おまけに俺たちは親父の所に連れ戻される」
　話が今までしたことのない方向にすすんで、そういえば、あたしは何で三人が揃っておじさんについていかなかったのかを聞いたことがなかったのに気がついた。
　そもそも、アメリカの大学で授業を持つことになった火狩教授が、息子たちの衛生管理を気にして世話してくれる人を探していたときに、お母さんと知り合っ て、うちの空き部屋にやってくることになったわけだけど。３人とも腹違いの兄弟だけど、お父さんは一人なんだから、一人くらいついていってもいい気がす る。
　それに、どうも神楽とおじさんの仲はあまりよくないようだし。
　おっと、今はそんなことが問題なんじゃなかった。
「でも、違うんだって。彼は、そんな人じゃないの。名前も知らないし、見たこともない人だもん」
「どんな奴？」
「紺色に白いラインの制服着てた。髪は艶のある黒髪で、サラサラしてて、背は高くて、細身で、顔は綺麗でかっこよくて…」
　それから…。そのくらいしか、わからない…。
「話したのか？」
　ううん、あたしのこと、いつも遠くから見てるだけ。
蘇王が呆れて言った。
「話してないのに、そいつが奴らの仲間じゃないなんて、どうやってわかるんだよ」
「違うのっ。彼は仲間じゃないっ。…そりゃ、はっきりした根拠みたいのはないけど、でも違うのはわかるの。
　そう、女の勘よ」
神楽まで呆れて言った。
「お前、そいつがかっこいいから、そう思うだけだろ？ったく進歩のねぇ女」
「何よっ」
戦闘開始状態のあたしを神楽に、千寿がストップをかけた。
「とにかくっ、紗那の護衛は神楽だ」
「何でオレがっ」
　そうよっ、なんでこいつなの？
「俺たちには部活があるし、第一あいつらが襲ってきた場合には、今一番頼れるのはお前だろう。能力は、お前が一番だからな」
　でも、あたし嫌っ。絶対に反対っ。
　神楽なんかに守ってもらわなくて結構っ。
「オレだって、お前を好きで守りたいんじゃねぇよっ」
　ムッ。何よ、居候がっ。
またまた神楽と闘いモードになったあたしに、千寿はピシャッと言った。
「とにかく、お前はその男には絶対に近づくな。いいな」