うーん、いい人。
それがあたしの正直な秋山君の感想だった。
　昨日は本当に突然告白されて、向こうも緊張してたのか、あんまり話しができなかったんだけど、今日は映画を見た後も、かるくご飯を一緒に食べてみて、本当に秋山君がいい人なのがわかった。
　だってね、映画館でまず飲み物とお菓子を買ってくれて、それから前のおばさんたちがうるさいから、あたしが、
「少し黙っててくれない？映画見てないんなら外出てよ」
って言ったときも、なんですってぇと怒り出したおばさんたちを冷静にぴしゃっと黙らせて、
「これ以上おしゃべりするなら、映画館の人に訴えますよ」
なんて言ってくれたし。（ちなみに斎藤の時は、恥ずかしそうな顔をして、他人の振りをしていた。あらためてむかつく男だ）
食べ方も綺麗だったし、あたしが飲み物をこぼしたときも、急いでハンカチを出して一生懸命染みにならないようにと拭いてくれた。
　これは完璧。パーフェクトな人だ。
　頭と、顔と、性格と、みんなが揃ってる。
　食事が終わって、秋山君はあたしを送ると言ってくれた。それじゃあと街をぶらぶらしていたとき、あたしは絵梨にもらったチケットのことを思い出した。
　まあ、誘ってみるか。
「ねぇ、秋山君」
振り返ったとき、そこに今までいた秋山君はいなかった。少し離れたお店のショーウィンドウの前に、秋山君はいた。駆け寄っていって、名前を呼ぼうとしたけど、その時の秋山君の視線にびくっとしてしまっていた。
　向いているのはショーウィンドウなんだけど、見てるのはその中じゃなくて、しかもガラスに映った彼の顔は、ゾクッとするほど怖かった。
「秋山君…？」
でもあたしがそう言うと、すぐに気付いてあたしに優しい笑顔を向けていた。
　ガラスに反射して、怖そうに見えただけかな。
「ああ、ごめん。何？」
やっぱり優しい秋山君だ。
「うん。これ」
あたしが差し出したチケット受け取ると、これは？と秋山君は聞き返した。
「友達に誘われたんだけど、よかったら一緒に行かない？予定があったらしょうがないけど」
秋山君は急かされたように必死になって答えた。
「全然空いてるよ、予定があっても、空ける。紗那ちゃんの誘いだから、絶対に」
その真剣で、本当に嬉しそうな顔に、あたしは何だかすごく罪悪感を感じた。
　だって、神楽に告白させるために、利用してるだけなんだよね…。
「ね、何見てたの？」
話を変えたくなって、あたしはショーウィンドウをのぞく。そこには明るい服を着たマネキンたちがいた。
「この服、紗那ちゃんに似合うと思ってさ」
秋山君は笑顔で、その中の一つのマネキンを指した。それは、白地に赤の花がらのワンピースを着ていた。白と、赤い花と、ところどころの葉っぱの緑がとってもかわいかった。
　でもちょっと、ラブリー過ぎるかもしれない。
　…だけど。
「そっそうだねっ」
　なんて嘘、ついちゃったよ。
　だって秋山君に悪いかなって思うから。
　でも、こんなのってなんだかあたしじゃないみたい。
「ちょっと待ってて」
すると突然秋山君はお店のドアを開けた。そしてお店の人に、あのマネキンを指して何か言っている。そのうちに、店員さんがショーウィンドウに入って、マネキンから服を取っていった。
　え？
驚いて見ていたあたしは、その時後ろから、また強い視線を感じて振りかえった。でも、そこにいるのは街を歩いている人たちと、クラクションを鳴らしている車だった。
　なんだろ、今の。
そう思いながら、顔をショーウィンドウに戻したとき、向かいのお店に、あの美少年が立っているのがガラスに映ったの。彼は青いストライプのシャツにＧパンという普通の恰好で、俯きがちに立っていた。街に吹いている心地よい風が、彼の髪をふんわりと揺らしている。
　でも、ガラスを通して目が合った瞬間に、彼は視線を逸らした。あっ、と思ってあたしが急いで振りかえるけど、でもいたはずの場所に彼はいなかった。
　どこに行っちゃったの？
思わず追いかけようとしたあたしを、秋山君がお店から出てきて呼び止める。
「紗那ちゃん？」
そこであたしははっと気付いて立ち止まると、秋山君は大きな紙袋をあたしに差し出した。
　何？
「プレゼント」
　もしかして…。あの服？だって、３万はしてたよっ。
「嬉しいんだよ。今日はとても楽しかったし、パーティーにも誘ってもらえたし。感謝の印。受け取ってよ」
　でも、悪いよ。
「気にしないで。そうだ、今度のパーティーに着て来てよ」
　あ…。うん…。ありがとう…。
最後には、半分押しつけられるような感じで、結局あたしはそのプレゼントをもらってしまった。



「ただいま」
家に帰ってくると、リビングには神楽たち三人がいた。あいつらを同居人として認めた時は、生活は分かれてるっていう話だったのに、今じゃ食事も、リビングも、玄関も、お風呂も、冷蔵庫も、みんな一緒。
　まったく。お母さんも甘やかしすぎよっ。
溜息をついて自分の部屋に戻ろうとすると、蘇王が話し掛けてきた。
「どうだった？初デートは」
うん、と言うと、神楽がチラッと視線をこっちに向けたのをあたしは見逃さなかった。
「もう最高。楽しかったっ、それが…」
急に神楽が手を大きく開いて、あたしに向けたから、あたしはそこで言葉を止めた。
　何よ。
神楽はもう片方の手を額に当てると、瞑っていた目をググッと見開いてはっきりと言った。
「花柄のワンピース」
　え？
「お前の持ってる紙袋の中身。白に赤い花」
　どうしてそれを…、わかったっ。
「あんたつけてきたんでしょっ。人のデートにっ」
「ばかやろっ、ちげーよ。透視したんだ、透視っ」
蘇王が身を乗り出してあたしに聞く。
「でっ、中身は？」
　当たり…。
「すっげーっ、神楽っ。また当てたじゃん」
　そうなのだ。あの事件があってから、神楽の超能力は前よりも強くなったのだ。と言っても、あたしは前ってのを知らないけどね。
　３人とも、どんぐりの背比べ状態だったのが、今は神楽が飛びぬけているらしい。
「特に今日は冴えてるよな、神楽。向かいのお姉さんの結婚も当てたし、オレのテストの点数も、それから石田が遅刻することも当てた」
「今度はテスト問題でも当てようぜ」
　そんなことしたら、天罰あたるわよ、神楽。
「そんなもんがあったら、当ててみろってんだよっ。
よしっ、もう一つ当ててやるっ。今日の紗那の下着の色は、っと…」
　馬鹿っ、すけべっ。
　何考えてんのよっ。
神楽はまた目を瞑って、あたしに手のひらを向けた。あたしは慌てて部屋に戻っていった。