えー、あれが最後の天使？
　それがあたしの第一印象。
だけど、素直に口にした途端、リーダー榊が、あたしのことジロリと睨んだ。
　うっ、だって…。
　探していた最後の天使、早良に会いに、あたしたちは早良の通う高校の前に集合した。
　ちょうど下校の時間で、校舎からたくさんの生徒が流れ出てくるその中を、
「あれ」
と、貴羽が指差した早良は、はっきりいって、イケてなかった。
　身長だって、下手すりゃあたしと変わらないし、
　なのに、猫背で更に背が低く見えるし、
　パツンと切りそろえたカラーリング一切無しの前髪は、なんだかマッシュルームだし、
　その髪と、分厚い眼鏡に覆われた目は、左右に落ち着き無く揺れている。
　あたしの気持ちを悟ったのか、おまけで付いてきていた杏が遠慮なく言った。
「だってイケメンじゃないよ」
「なんだ、それ杏」
　蘇王がぽかんと聞く。
「だって、千寿も、神楽も、蘇王も、右近も、榊くんも、みんなイケメンなのに、あの早良って人。全然違うんだもん。まぁ、それでも千寿が一番かっこいいけど」
「愛されてるなあ、千寿」
「うるさいっ」
　ニヤニヤ笑って肩に手を置く神楽に、千寿は静かに怒鳴りながらその手を振り払う。
　なんか、結構ラブラブな感じ。
　む、でも待って！
「悪いけど、杏。一番かっこいいのは、右近だからねっ」
「お前はそんなところに拘るのかよっ」
　神楽が怒鳴る向こうで、右近のため息が少しだけ聞こえた。
　右近ってばっ、謙遜しなくていいのにっ。
　あほらし、と神楽が呟いて、あたしの頭をぐいと自分たちから離して言った。
「つーか、どうする？」
「こういうときは」
　すると高未があたしの肩を掴んだ。
えっ。ちょっと、あたし？
　高未はほっぺたにえくぼを浮かべてあっけらかんと答えた。
「ごめん、あたしたち。顔がわれてんのよ」
　高未の言うあたしたちは、当然彼氏の榊と、それから貴羽のこと。
　ええっ、だけど、それじゃ、神楽とか千寿でもよくない？
「俺たちが行くよりも、女のお前が行ったほうがいいだろ」
　ドンと乱暴に神楽があたしの背中を押し出すから、あたしは思わず皆で隠れていた塀から出て行きそうになって、慌てて後ずさりする。
　ちょうど通りかかった女の子二人が、そんなあたしを不審そうに見ていた。
　ちょっと待ったぁ！
「行くって、行って何すんのよ」
「背中に痣があるか、確認してくれればいいわ」
　って高未！
簡単に言うけど、どうやって！
「適当にナンパでもして、連れ込めばいいじゃん」
　神楽まで、簡単に言わないでよっ。
「あのねー、あたしはあんたと違って、適当にナンパなんてできないのっ、それにっ―」
「つべこべゆーなっつーの」
「言うわよ！っっ？」
　そう言い返したところで、千寿がぽんとあたしに何かを差し出した。
　っていうか、千寿。これ何。
「見ての通り、缶コーヒー」
　だから、何に使うのよ。
　すると、千寿の代わりに、神楽がにやっと笑って言った。
「ほらさっさと行けってば」
　そして、再びあたしの背中をどついた。
　コーヒーに目がいっていたあたしは、そのままなだれ込むように、道の真ん中に飛び出していった。
　そして、ドンッと何かにぶつかって、あたしはそのまま尻餅をついた。
　いったぁ…、あれ？
　今、一瞬体が宙に浮いた感じがして、全然痛くなかったよ？
　どうして？
　思わず振り返ろうとすると、またも、頭の中に誰かの声が聞こえてきた。
『振り返るな』
　この、少し掠れた声っ。
　右近？
　もしかして今、痛くないようにって助けてくれたのも、右近なの？
　もしかして、やっとあたしの気持ちに答えてくれたの？
　高鳴る胸の高まりを、一気に冷ますような、少年みたいな甲高い声が、そのとき目の前からした。
「ごっ、ごめんなさいっ」
「いえ、あたしこそ。ごめんなさい。突然飛び出してしまって…あ」
　あたしは顔を上げたところで、思わずぽかんとした。
　だって、目の前にいるのは、さっきまで観察していた早良だったから。
　命中、と誰かがテレパシーで伝えてくるのがわかった。
　たぶん蘇王だ。
「僕のほうこそ、ぼけっとしてて…」
　そういう早良は、戸惑いながら恥かしそうに顔を俯かせた。
　近くでみると、思ったより清潔感はあるかも。
　うん、肌はつるんとして、色白だし。
　思わず観察してたあたしは、だけどそのシャツを見て、あ、と思った。
　白いシャツには思い切り茶色いしみがついていた。
「ごめんなさい、シャツにコーヒーが、ズボンにも…」
　そのとき、確かに千寿があたしにテレパシーで伝えてきた。
『洗濯するから、家に来てくれって言え』
　なるほど！その手があったか！
「本当にごめんなさい。
　その恰好じゃ、帰れないと思うから、あの…よかったら、なんですけど…。
　洗濯させてもらえないですか？
　あの、すぐに洗って、お返しするんで」
　ほっぺたの赤さが、顔全体に広がる。
　それから、早良は、戸惑いがちに、こくんと頷いた。