恋の病の治し方1
告白された。
「好きです。俺とつきあってください」
相手は、見知らぬ高校生。話によれば、登下校であたしをよく見かけていたそうだ。
でも、初対面の人に、つきあってっていわれても。
正直答えようがない。
黙りこんでいると、その人は心配そうな顔をして尋ねた。
「…もしかして、彼がいるとか？」
「いいえ」
「それじゃ、好きな人が？」
好きな人。
黙りこんだあたしは、ごめんなさい、と言った。
「淳子ちゃんって、寺原くんのこと好き？」
学校からの帰り道、いつも一緒の淳子ちゃんにそう言ったら、淳子ちゃんは、え？とびっくりした顔をした。
「うん。好き、だけど。どうしたの？また急に」
山口淳子ちゃんは、あたしの唯一の女友達だ。とても頼りになる、大事な人。
いつもあたしの話を聞いてくれる。
だからこの日も、あのね、と言ってあたしは淳子ちゃんにことのいきさつを話し始めた。
「それで？それで、美智はどうして言わなかったの？いますって」
「いる？」
「だって、菊地くんのこと、好きなんでしょう？」
そう聞かれて、あたしは思わず聞き返す。
「ねえ、淳子ちゃん。好きって、どういう気持ち？」
淳子ちゃんは、そのときとてもびっくりした顔をした。それから、溜息をついて、諦めたように言う。
「美智ってば、ほんとうに不思議だよね」
「うん。委員長にも言われる」
でも、その後必ず、そのままでいいって言われるんだ。
委員長のこと、もちろん嫌いじゃないし、好きから嫌いか、どっちか決めろって言われたら、それは好きになる。
でも、こういう「好き」は、イチゴのショートケーキと、モンブランのどっちか好きか、という好きとは違うことくらいは、あたしにもわかっていた。
あ、でも、委員長のつくるケーキは、あたしはどっちも大好きだ。
そんなあたしの質問に、淳子ちゃんは目をきらきらさせて、幸せたっぷりにあたしに「好き」について教えてくれた。
「あたしはね、寺原君のこと思うと、胸がきゅーっと締め付けられたり、見てるだけでどきどきしたりするの。そういうことが『好き』なんだと思う。
美智は菊地くんと一緒にいて、そういうことないの？」
聞かれたあたしは、一瞬考えて答えた。
「ない、かもしれない」
ってことは、たぶん。
あたしは委員長のこと、そういう意味で好きではないってこと？
そう思ったけど、なんだかあたしの心はそわそわして、落ち着かなかった。
うちのクラスの委員長は、菊地光一くんという、学校の人気者だ。
勉強もできるし、サッカー部でもキャプテンだし、爽やかで、誰にでも優しい人格者。
だけど、そんな委員長にも、みんなに内緒にしてることがある。
それは、お菓子作りが趣味だってこと。
しかも、とてもおいしいお菓子を作る。
委員長は、別に内緒にするつもりはなかったんだけど、友達で同じサッカー部の大熊君が、委員長の「威厳」を守るため、内緒にすることにしたんだって。
転校生だったあたしは、偶然その「秘密」を知ることになって、委員長と仲良くなって、その秘密を守る仲間になってしまった。
そもそも、あたしは人見知りで、
胃下垂で太れなくて、貧血気味で、
日焼けできないから色白で、
面倒くさがりだから、黒髪のロング。
そこからつけられたあだ名が、「薄幸の美少女」。
そんなあたしが、委員長との約束で、彼が作ったおいしい差し入れを、遠慮がちに(だって委員長が作ったものだから）、サッカー部に持っていく。
自然と周りは、あたしと委員長がつきあってると噂をするようになった。
「違う」
というと、誤解されたわけを話さなくちゃならなくなる。
でもそれは、委員長の秘密を話すことにもなるし、何よりあたしは面倒くさがりで、噂のことを違うとも違わないとも答えずにいた。
おまけに極度の人見知りをするあたしは、すぐに人に溶け込むのが苦手だ。しかも物覚えが悪い。でも、寂しがり屋だから、一度仲良くなると、いつも一緒にいるようになる。
だから、委員長とも、気がつけば一緒にいることが多くて、それは淳子ちゃん曰く、ある意味人払いの行為になるらしく、実際に淳子ちゃん以外は、あたしにあまり人は寄ってこなくなっていた。
そして気づけば、あたしと委員長の噂は、公然の事実となっていた。
でもあたしは、委員長と二人っきりでいることの意味なんて、あまり考えてなかった。
居心地のいい委員長の隣は、あたしにとって、ごく普通のことだと思ってたから。
「ただいま」
家に帰ると、いつも聞こえてくるお母さんの声がない。
そっか、単身赴任のお父さんのところに行ってるんだった。
食卓には、明日夜帰ってきます。ご飯は冷蔵庫に。戸締りには気をつけて、と書かれたメモがあった。
冷蔵庫の中には、冷たくなったハンバーグがあって、条件反射のようにきゅるるとおなかがなる。
だけど、あたしは冷蔵庫を閉めると、テレビをつけて、買ってきたお菓子を食べ始めた。テレビでは、ちょうど少し前に流行った恋愛ドラマの再放送をやっていた。
ちょうど主人公が、片思いの相手に告白をしているシーン。
「ずっと、ずっと。好きだった。寝ても醒めても、あなたのことばかり考えていたわ」
「僕もだよ」
ぎゅっと抱き合う二人。
好きって、どういうことなんだろう。
胸がきゅーっと締め付けられたり、見てるだけでどきどきしたりすると淳子ちゃんは言っていたし、ドラマでは寝ても醒めても、ずっと考えていたという。
あたしは、委員長のこと、そう思ったことはない。
どちらかといえば、委員長といるとほっとするし、寝ても醒めても考えてるわけでもない。
ただ、おいしいお菓子を食べたとき、委員長にも食べてもらいたいと思うし、
思わず口ずさみたくなる音楽は、委員長にも聞いて欲しいと思うし、
寂しいときは、くだらないあたしの一日を、委員長に話したいと思う。
あたしがもし、委員長のことを好きなんだとしたら、一緒にいる間、どきどきしっぱなしで、たぶんあたしは呼吸困難になってしまうだろうし、胸がぎゅーっと締め付けられるのなら、いつ心臓が止まってもおかしくないと思う。
そう考えると、好きになるって命がけなんだろうか。
ちなみにクラスメートの美登里ちゃんは、一ヶ月ごとに、好きな人が変わる。
先月は、野球部の田中君だったし、その前は、理科の吉井先生だった。そして、今は近所の高校生だそうだ。
その度に、美登里ちゃんは、命を絶つくらいのそういう必死な気持ちでいるように、あたしには思えない。
となると、やっぱり命がけでもないんだろう。
ちなみに淳子ちゃんの場合も、全然違う。
大好きな寺原君の話をするときの淳子ちゃんは、とても嬉しそうで、幸せそうに笑っている。だからあたしは淳子ちゃんから、寺原君話を聞くのが、すごく好きなのだ。
そういえば、あたしは、委員長の話を淳子ちゃんにするときは、どんな顔をしてるんだろう。
ふと鏡をのぞくと、いつにもまして青白い顔のあたしが、不安そうな顔で立っていた。
こういうことを、考えすぎたせいだと思う。
翌日、あたしは４０度という知恵熱を出して、学校を休むことになった。
モーニングコール代わりに電話をかけてきたお母さんに、熱があることを話すと、
「学校には連絡しておくから。こっちの用事もあるから、家には夕方につくと思うけど、それまで美智子は薬飲んで、温かくして寝てなさい。熱があるときは、たくさん汗をかくのが一番なのよ」
と言われた。
電話を切って、両手を上げて、学校を休むことを喜びたかったけど、あたしの頭は熱でくらくらで、それどころではなかった。あたしは、お母さんに言われた
とおりに、救急箱から風邪薬を取り出して、水と一緒に呑み込むと、冬用の毛布を引っ張り出して、そうして温かいベッドにもぐりこむ。
目をつむると、今日会えない淳子ちゃんと、委員長の顔が浮かんできて、寂しくなったあたしは、毛布をぎゅっとにぎりしめた。