THE FLOWER GARDEN
「棘宮」
「それにしても、すごい宴になっているなぁ」
桜王宮には、大勢の騎士が集まっていた。大広間には、あふれかえりそうな人数だ。正装した騎士たちが、ずらりと整列する様は、まさしく圧巻としか言いようがなかった。
隣の夏目が無邪気にそういうのを聞いた成瀬日向は、苛立つ心を和ませ、軽く微笑むときょろきょろと辺りを見まわす夏目に言った。
「陛下の生誕の宴だ。それに、白鳥華夜乃のお披露目会でもある。我が薔薇組の三橋隊長もどうりで気が張るわけだ」
そう言ったところで、夏目の隣にいた鞍馬が、じろりと日向をにらみつけた。
「お前が隊長の補佐をしないから、隊長自ら役を買って出ているんだろう」
「不必要なものの補佐など、それこそ本当に不必要だ」
副隊長同士がにらみ合いをはじめ、慌てたのは同期の夏目だ。
「まぁ、いいじゃないか。鞍馬も、日向も。ほら、桂公爵たちもいらしてることだし」
皇帝陛下である桜小路有世の王座の隣には、それぞれに豪華な座が設けられており、そこにはすでに公爵や伯爵たちが腰を据えていたが、噂通り、柏男爵の席は空席になっていた。その後ろに設えた御簾の奥には、同じく姫宮たちがいる。
「それにしても、余程の美女に違いないな、白鳥華夜乃というのは。
騎士たちが間違いをおかさないためにと、隊長が俺たちにも紹介しなかったくらいだから」
「いくら人のいい三橋隊長でも、二度も部下の不始末を、ましてや副隊長の不始末を見過ごすわけにはいかないからだろ」
鞍馬が日向を睨みつけた。鞍馬の怒りに奮えて赤くなった頬が、数日前まで同じように赤く腫れ上がっていた理由を日向は知っていた。同じ薔薇組の騎士の恋人にちょっかいを出し、その騎士に鞍馬は剣を向けられたのだ。腕は鞍馬の方が上だったので、負傷したのはその騎士だったが、それに憤慨した三橋が、鞍馬の顔を殴ったのだ。
にらみ合う二人の間に、慌てて夏目が入る。
「日向、やめろ。こんなところでいざこざ起こすのは。我が組の恥になるぞ」
先に顔を背けたのは鞍馬だった。安堵の溜息をつく夏目の隣で、日向は珍しく吐き捨てるように言った。
「誰に唆されたのか知らないが、必要ないんだ。二人の王妃など」
顔を背けたところで、強い視線を感じた日向は、視線の先の御簾を見つめた。こちらからはその中が見えないようになっているものの、日向にはそこに誰がいるのかを知っていた。
微かに見える薄紅色のドレスの色も、その奥でじっと自分を見つめている湿気を帯びた漆黒の瞳も。
ファンファーレが鳴り響き、扉が威勢良く開けられた。
赤い絨毯の真ん中を、堂々と歩くのは、この学園の皇帝陛下である桜小路有世である。
有世は、微笑を皆に分け与えながら、そうして王座に就いた。
「みな、今日は私の誕生日の為に、我が桜王宮に集まってくれたことを感謝する」
一通り、有世が感謝の言葉を述べる。
それが終わると、三騎士団からの贈呈式へと移る。
初めに現れたのは、百合である。
「陛下、お誕生日おめでとうございます。わが百合組からは、この剣を」
「ありがとう」
その剣は、紅玉や青玉などの宝飾に彩られながらも、地が純白であり、その柄に百合の文様が彫られていた。
自己顕示欲の塊が。
そう思って、百合の騎士に日向が目を馳せると、副隊長である速水と目があった。速水は何故か日向に笑いかけた。その意味がわからずに、日向は速水を見つめ返す。
そうして日向がよそを向いている一方で、有世の前に向ったのは、菫組だった。
「お誕生日おめでとうございます、皇帝陛下。我が菫組からは、こちらの馬を」
「ありがとう」
褐色の肌に、豪華絢爛な鞍を乗せられた馬が、有世の前に差し出された。
筋肉のつき方で、その馬がよく鍛えられた馬だとわかる。
騎馬に関しては、最も優れているのが菫。
日向はそう一人ごちて、菫の騎士たちを見つめる。新設の騎士団の面々は、皆が楚々として、一様に同じ表情に思えた。
そして、薔薇の代表として、有世の前に立ったのは、鞍馬だった。同じことを三橋は初め日向に任命したのだが、日向は断って、代わって鞍馬が立候補したのだ。
鞍馬は自慢気な笑みを浮かべ、声を一段と張り上げて祝辞を述べる。
「皇帝陛下、本日はお誕生日おめでとうございます。我が薔薇組からのお贈り物は、こちらになります」
扉が再び開け放たれて、まず現れたのは薔薇組隊長三橋であった。
三橋がその手を差し出すと、そこには真っ赤なドレスをまとった少女が現れた。
思わず、騎士たちからざわめきが起きる。
派手な演出は、そして薔薇が得意とするところだ。
白く滑らかな肌を惜しみなく披露し、その少女は三橋のエスコートで赤絨毯の上を歩く。
薄いヴェールの下には、大きな瞳が燦燦と輝き、小さな鼻が、気高く、そしてまっすぐ整い、大きく厚い唇には、ドレスと同じく赤いルージュが引かれていた。
人形のような美しさだな。
日向はそれだけを思い、御簾の向こうの女性を思いやる。微かに、そのドレスの裾が、動いた気がした。
少女はゆっくりと歩きながら、騎士たちの羨望の眼差しをたっぷりと受けながら有世の前に立つと、まずは深く叩頭した。
「皇帝陛下、お誕生日おめでとうございます」
「名はなんと？」
「白鳥華夜乃でございます」
有世は軽く頷くと、華夜乃に微笑みかける。
その笑顔を、はじめて日向は憎いと思った。
「そなたの部屋は、花琳舎に用意している。今日から、そこで生活するように」
「はい」
愛らしく返事をした華夜乃の手を取り立たせた有世は、そのまま華夜乃を傍に置き、近衛からグラスを受け取って、高く掲げる。
「ではみなのもの、祝杯をあげようではないか」
その笑顔に、日向は苛立ちながらも夏目から回ってきたグラスを手にする。
「桜王宮の永遠を願って−」
「乾杯！」
グラスのワインを一気に流し込み、日向は口元を荒荒しく拭う。
周囲では、祝辞が述べられつづけていた。
「おめでとうございます、陛下」
「本日はめでたい日でございます」
だが、その華々しい雰囲気を壊すかのように、またもや扉が開く音がして、近衛の人間が慌てて有世の前にやってきた。
「陛下っ、陛下っ」
「どうした」
「花琳舎がっ、花琳舎が炎上しておりますっ」
ざわめいたところで、まっさきに動いたのは、やはり三橋であった。
「この緋薔館で暮らす？」
初めそう三橋から言われた時、冗談だと日向は思ったが、三橋は真剣に答えた。
「仕方ないだろう。花琳舎が焼けてしまっていては、姫の住む所が桜王宮にはないのだから」
むしろ何か不満でもあるというのか？という三橋に、日向は言葉を無くした。
そんなにも、欲していると言うのか、爵位を。
薔薇の隊長ともあろう人が。
黙りこんだ日向に変わって、鞍馬が三橋に訴える。
「おそらく姫の存在をよく思わない、百合の仕業に違いありません。あいつら、汚い真似をしやがって−」
じろりと三橋は鞍馬を睨みつけた。
「鞍馬。言葉を慎め」
「…申し訳ございません」
だが、鞍馬と同じことを、日向も考えていた。
現妃の佳乃は、もとは百合の出身でもある。
一方で、華夜乃は当然、薔薇の後ろ盾があった。
もともと中の悪い薔薇と百合、二つの騎士団である。
三橋が爵位を手に入れたいだけの行為だとしても、ライバル薔薇組の姫を、百合組が素直に有世のもとに送ろうなどと思うはずも無い。
静まり返った緋薔館の広間に、そのとき一段と高い声が響いた。
「三橋さん？あら」
一斉に、その場にいた薔薇の騎士たちの姿勢が伸びる。
扉には、すでに夜着に着替えた華夜乃が寄りかかるようにして立っていた。
「姫、どうしたんですか」
慌てて三橋が駆け寄ると、華夜乃はしなをつくって答える。
「どうもこうも、電気が消えてしまってよ。誰か灯りを点して頂戴」
華夜乃はそういうと、並んでいた薔薇組の幹部の騎士たちを見まわした。
その視線は、まるで品定めをしているようにも、日向には思えた。
一歩進み、鞍馬が答える。
「では私が−」
だが、その鞍馬を制し、三橋は一人遠くに視線を馳せる日向に声をかけた。
「日向。頼んだぞ」
ランプを片手に、日向は椅子の上に立ち、電灯をつけかえる。
下から華夜乃が話かけてきた。
「あなた、日向っていうの？」
「成瀬日向。呼び方は好きにしてくれて構わない」
そういうと、日向は椅子から下りる。そのタイミングで、華夜乃の世話係である小夜がスイッチをいれると、部屋が明るくなった。
「それじゃ、日向って呼ぶわ」
にこやかな笑顔を向ける華夜乃を無視して、日向は部屋を出て行こうとしたが、突然華夜乃は日向の前に立ち塞がった。
「私、いつになったら桜王宮に入れるのかしら？」
まじまじと見つめると、確かに華夜乃は美しかった。
他人を圧倒するくらいに。
そして、強烈な男好きのする香を発していた。
これだから、三橋隊長は騎士たちから隔離したのか。
だが、日向にはその微笑みは通用しなかった。
「一週間ほどで花琳舎の修復は終わるだろうから、そうなればすぐにでも、だな」
華夜乃の背中にある扉の把手を掴むと、日向はそのまま扉を開ける。一瞬、華夜乃の顔がひきつったのが日向にもわかった。
何も、知らずにやってきたのか。
夢の世界だと唆され。
同情心からか、日向はそれでも立ち尽くしている華夜乃に声をかけた。
「ひとつ忠告する。桜王宮は棘の宮殿だ。自分の世界に戻った方がいい」
日向は苛立ちながらも、緋薔館を出ていこうとした。
予定よりも時間が遅れているのは、我侭な華夜乃に捕まってしまったせいだ。
何がどう気に入ったのかわからないが、華夜乃は何かと用事があると日向を呼びつけた。それを無視しようとしていたところで、三橋に呼び戻され、華夜乃の相手をさせられたのだった。
馬に乗ったところで、反対の方向から騎乗した鞍馬が現れた。
時間に余裕がないと、鞍馬を無視して走り出そうとすると、鞍馬が声をかけてきた。
「また桜王宮への召集か？」
一騎士が一人で桜王宮に出入するなど、普通では考えられなかった。だが、日向は特別であり、召集がなくとも、桜王宮へ入ることができた。
それに嫉妬した鞍馬が、すれ違い様に言った。
「佳乃様は、本当にお前にご執心だな」
日向が剣を鞍馬の鼻先につきつけるのと同時に、鞍馬は口を閉ざした。殺気を感じたのか、日向の馬が嘶いた。だが、日向はその手綱をしっかりと掴み、そのまま剣を鞍馬に向けて言った。
「それ以上言ってみろ。お前を不敬罪で牢獄に送ってやる」
御簾の奥から、衣擦れの音がして、そして柔らかい香が漂った。陽射しの強い日で、御簾の向こうの佳乃のシルエットまで日向には見えていた。
「よく来てくれたわ、日向」
「調子はいかがでしょうか？」
そもそも、具合がよくないので薬を持ってきてほしいというのが佳乃からの伝言であった。佳乃の言っている薬は、日向しか持ち得ていない。だが、どんな薬よりも、今の佳乃には効くのであった。
「まずまずね。それよりも、可愛らしい姫はいつここに？」
声が微かに震えていた。日向は深く頭を下げる。
「…申し訳ございません。三橋の浅はかな考えゆえ、今回のようなことに…」
「どうして日向が頭を下げるの。それに、私楽しみにしてるんですよ。とても美しい姫でしたから」
その声に、厭味は無い。
だが、余裕のなさが伺えた。
日向は言う。
「どのような姫が現れようとも、陛下が一番大切に思われているのは佳乃様に他なりません」
御簾を上げてしまいたかった。
だが、それは固く禁じられた行為だった。
押し殺した声で、佳乃が答える。
「ありがとう、日向」
花琳舎の修復が今日で終わったと聞き、明日華夜乃は桜王宮へと入台することになった。
一人、薔薇の温室で佇んでいた日向を見つけた夏目は、思わず足を止めた。
日向は、強く薔薇を握り締めていた。
棘がその手に刺さり、僅かに血が滲んでいても、それでも強く握りつぶしていた。
その意味を理解する前に、夏目は明るい声で日向に話しかける。
「日向。姫がお呼びだそうだよ」
その声に、日向は薔薇の花をそっと落としたが、それ以上の動きを見せなかった。視線は遠くに、そして夏目を拒否していた。
「お前がいってくれ、俺は−」
「お前じゃないと駄目なんだって」
少し間があって、日向は素直に従うことにしたのか、夏目の脇をすり抜けて、温室を出ていこうとした。その思い詰めた切迫した表情に、夏目は思わず声をかける。
「…日向」
「何だ」
「…間違い、起こすなよ」
思わず日向が立ち止まって、振りかえった。
「冗談言うな」
「お前は、そうじゃないと思ってるよ。でも、彼女。本気だ」
男好きのするただの女と思いきや、華夜乃はただ一途に日向を求めていた。それが日向にもわかるために、日向も邪険に扱えなくなっていた。
どうやらあの二人は愛人関係にある。
それは薔薇組の誰もが囁いていることで、もとは鞍馬が元凶であった。
第二王妃として送り出した女と、自分のところの騎士になにか間違いがあっては、三橋は隊長を辞するしかなくなる。そうして、陛下のものを略奪したとして、日向も貶める。
いつだって、鞍馬のすることはわかり易い。
「噂など。言いたい奴に言わせておけばいい」
そう言い放つと、日向は心配そうな表情を浮かべる夏目を置いて、温室を出ていった。
散歩がしたいから、護衛としてついてきてほしいと言う華夜乃に付き添い、日向は緋薔館を出て、領地内をふらふらと歩く華夜乃の後ろをついていた。
華夜乃はよく話し、時々振りかえっては日向がちゃんとついてきているのかを確かめるように、日向の顔をのぞきこんだ。
だが、日向には華夜乃の声も視線も届いていなかった。
桜王宮を理想郷だと言い出したのは、誰だったんだろうか。
あれほど、人間の欲が剥き出しになって、他人を蹴落とすことを考えているところはないというのに。
小川のせせらぎが聞こえ、ふと気づくと華夜乃は黙り込み、足を止め、空に浮かんだ月を見上げていた。
棘の宮だと言ったのは、本当だ。
この姫を送り出せば、また波紋を呼ぶだろう。
そしてまた、多くの人が傷つく。
そのくらい、わかるだろうに。
何故？
ふいに華夜乃が口を開いた。
「日向。明日、私はここを出ていくわ。そして棘の宮殿に入るの」
「…ああ」
華夜乃は、そのままゆっくりと視線を日向へと移した。
その瞳の強い光に、日向は考える。
傷つくのは、この姫ではない。
傷つくのは、いつだって。
「あなたもついて来てくれないかしら？騎士は姫を守るのが役目でしょう？」
薔薇の騎士は、薔薇の領地の平安を守る役目を担っていた。
そして、桜王宮を守るのは、近衛と呼ばれる人間であった。
日向は熱い視線を向ける華夜乃に、姿勢を正して答えた。
「私がお守りするのは、皇帝陛下と、その妃である佳乃様のみ。お元気で、姫」
翌日。それでも、日向は華夜乃の入台の手伝いとして、桜王宮へと出向いた。
華夜乃の為に用意された花琳舎は、陛下の桜陵殿に近いところにあり、距離で言うと第一王妃である佳乃と変わりなかった。
その桜陵殿に呼ばれ、日向はひとり有世のところへと向った。
現れた日向を見ると、有世は安心した笑みを浮かべ、人払いをした。
広い宮で、有世の声が響いた。
「日向、久しぶりだな」
「陛下もお元気そうで何よりです」
思えば、前に笑顔を見たのは、華夜乃の披露会のときである。自然と日向は不機嫌いなった。それを知らずに、有世は微笑みつづけた。
「ああ。佳乃は、ちょっと体調を壊してしまったようだがね」
日向は思わず答えた。
「陛下が、佳乃様を粗末に扱うからです」
その言葉を聞いて、有世ははっと表情を引き締めた。
「佳乃を？」
日向は顔を背けると、子供が駄々をこねるように小さく言った。
「姫を受け入れるとは思っていなかった」
冷めた空気が、充満していた。
返事がないことに、日向が顔を上げると、有世は焦点の合わない眼で答えた。
「…私の意志だとお前は思っていたのか」
日向が後悔した時はもう遅かった。
「わかった…。下がってくれ」
有世は、日向に背中を向け、すべてを拒絶していた。何か言おうにも、言葉が出てこない日向に代わって、有世は最後にこう言った。
「姫は、いたくお前を気に入ったようだ。これからも、花琳舎には、せめて顔だけでも出してやってくれ」
そして、その晩、日向は廊下に立っていた。
そこには、例のごとく、虫の死骸やら、ガラスの破片が落ちていた。
初夜を迎える華夜乃は、この廊下を通り、有世のいる桜陵殿に向わなければならない。これはいわば、洗礼のようなものだ。つまり、この先には、もっとたく
さんの、惨いことが身に降りかかってくる。それをかわせるだけの器量がなければ、ここ桜王宮では心を痛めていくだけなのだ。
翌日には、有世と華夜乃の婚礼の儀が行われる。
そうなれば、もう取り返しはつかなかった。
日向は、足もとのガラスを思いきり踏みしめると、その廊下を殿に向って歩き始めた。
バンッという音と共に開け放たれた扉の向こうで、やってきたのが有世ではないことに気づいたお付きの小夜が声を上げる。
「日向様っ、どうしてこちらにっ、あのっ−」
慌てて留めようとする小夜の腕を払い、日向は荒荒しく寝室へと入っていった。
鏡を前にして、髪を梳かしていた華夜乃が、突然鏡に映し出された日向に驚いて振りかえる。柔らかなシフォン地の夜着が、艶かしく華夜乃の体のラインを見せている。
「日向…」
だが、日向はそのまま華夜乃の腕を取ると、乱暴に立たせ、そのままベッドに押し倒した。スプリングが弾んで、華夜乃のカールした髪を揺らす。日向はそのままに華夜乃の夜着を引き裂いた。白く形のいい胸の谷間が露になったが、華夜乃はそれを隠すことなく、ただじっと日向を見つめていた。
その表情に怯えなどはない。
日向は小さく息を呑んだ。
「俺は、優しくなどない」
そんなことはわかっている、というように華夜乃も平然と日向を見つめる。その目には素直な喜びは見えなかったが、満足そうに華夜乃は答える。
「男に優しさなど、求めないわ。私が求めているのは、私が欲しいと思う人よ」
日向は、華夜乃を今度は荒荒しく引き上げ、自分の着ていた制服を着せると、颯爽と抱きかかえて呆然としている小夜に言った。
「小夜、用意をしろ。緋薔館に戻る」
「え、でも」
華夜乃の腕が、日向の首に巻きついた。
覚悟は、できている。
陛下の為ならば。
日向は力強く言った。
「俺の部屋に荷物を持っていけ」
それが何を意味するのか、日向にもわかっていた。
陛下と、佳乃様の為であれば、どんなことをする覚悟もできている。
どんな罰でも、受け入れる覚悟くらい。