どうも最近、智樹がそっけない。
電話をかけても、バイトだとかいってすぐに切られるし。
だったら終わった時間にと電話をかけると、今度は疲れたからといって、また『バイバイ』。
休みの日には、友達と遊ぶからゴメン。

だから、思わずにいられない。
浮気、してるんじゃないかって。

もともと、塾で講師のバイトをしていたあたしが、勉強にやってきた高校生の智樹に惚れて、
でも４つも年下だし、
しかも一応「先生」と「生徒」だし。
なんてことをうじうじと考えてたあたしに、智樹のほうから告白はしてきたのだ。

「寿々ちゃんと同じ大学に受かったら、つきあって」
智樹の可愛らしいところは、彼が入学する年には、あたしは大学を卒業してるというのを忘れていたところで、
キャンパスライフを二人で楽しく過ごすという智樹の夢は叶わなかったけれど、
見事、智樹は合格し、
そうしてあたしたちは付き合うことになった。


４つという年の差は、ちょっと微妙だと思う。
そんなに年は違わないなんて思っていると、いろんなところで足元をすくわれる。
見てきた漫画から、
世の中のしくみから、
あたしの当然は、智樹の新鮮で、
智樹の今は、あたしの過去だった。

そのひとつひとつに、喜んで、悲しんで、
だけど相手のことが好きだから、あたしたちは離れずに、むしろ近づいていってるんだと、あたしは思っていたし、そうゆうもんだと信じていた。


だけど、最近の智樹は、ひどく素っ気ない。

もともと、塾でも周りの女の子たちから人気があったのは、知っていたし、
智樹も基本的には人が好きだから、友達が多いのも知っていた。

だけど、今度のはそういうんじゃない。
女の勘が、いっている。
「浮気してるに違いない」って。



「ごめんね、寿々ちゃん。遅くなって」
　来るといっていた時間から、１時間も遅刻して、智樹は家に入るなりそう言った。
「ううん、大丈夫」
なんて思わず言ってしまうのは、年上の頼れる女を気取ってしまうからだ。
　本当は、来るといっていた時間にあわせて、ごはんを作っていたし、
　待ちぼうけになった１時間は、絶えず鏡を見て、お化粧チェックしていたし、
　ロマンチックなムードを狙って点けていたキャンドルは、もうだいぶ消えかけている。

　でもこの１時間で、あたしはひとつ決意をしたのだ。
　智樹が浮気をしているのか、調べる決意を。

　テレビを見ながら大笑いしてご飯を食べる智樹に、あたしはついに実行することにした。
「ね、智樹」
「ん？」
「あたしに言いたいこと、ない？」
「あ…」
　わかりやすいリアクション。
　無防備な智樹は、痛いところつかれたのか、ぽろっと、お箸から掴んでいた肉じゃがを落とす。
　ってことは、やっぱり何かあたしに隠してる？
「実は―」
「ごめんごめんごめんっ、やっぱ今の無し！なんでもないから、気にしないで」
　直前でひよるなんて、情けないけど。
　いざ対面ってなると、やっぱり怖い。
　慌ててあたしは智樹のセリフを奪うと、席を立った。
「コーヒー飲むよね。濃い目のやつ」
　うん、という智樹のいつもの声が聞こえてくる。
　やっぱり智樹も言いづらいのだろう。
　人のいい智樹は、誰かを傷つけることが大嫌いで、だからいつも自分が我慢するのだ。
　だったら、年上らしく、やっぱりあたしから切り出すしかない、のかな。
「ね、智樹」
「ん？」
「携帯のメールでさ、『す』って入れてみてよ」
　それは、待ちぼうけの間に見ていたテレビでやっていた浮気を確かめる方法。
　携帯の変換学習機能を使って、「す」の単語を入れた場合に、「すき」とか「すごく」が出てきたら、浮気をしている証拠らしい。
　正面きって聞けるほど、根性座ってないあたしだから、せめてこのくらいから、やってみるしかない。
「うん、わかった。『す』だね―」
　なんて智樹は呑気に言いながら携帯を取り出した。
　この疑うことを知らない素直さ。
　お馬鹿だといってしまえば、それまでだけど、それは智樹のいいところ。
　あたしの大好きなところだ。
　なのに、あたしってば、智樹を疑ってるんだ。
　やな女。
　それとも、まだ引き返せる？
「ごめん智樹。やっぱ今のなし―」
「うわーっ」
　あたしの声を無視して、智樹が突然叫んだ。
　何だ何だ？
「すごいよ、寿々ちゃん。
　これってば、神様からの伝言みたいだ」
　神様の伝言って、何よ、と思うあたしに、突然智樹は後ろから羽交い絞めにするように抱きつくと、携帯電話を見せつける。
「ほら」
　神様は、こう告げていた。
『すごく』『寿々』『好き』
「すっげー。ね、寿々ちゃん。そう思わない？」
　智樹は無邪気にそう言う。
　あの診断で言えば、白か黒かで言えば、これは黒なのかもしれない。
　だけど、あたしは嬉しくて、しかたなかった。
　でもって、智樹がかわいくて、しかたなかった。
　思い切り抱きしめて、ぎゅーっとしたくなる。
　だけど、そうしてきたのは智樹のほうで。
「ごめんね、寿々ちゃん。最近ずっと会えなかったけど、でもね。おかげでほら」
　智樹がそう言ってあたしに見せたのは、ちっちゃな石のついた指輪。
「バイト頑張って、ゲットしました。ぼくらの交際三ヶ月記念だよ」
　智樹はそういうと、小さな指輪を、そっとあたしの指にはめる。
　嘘みたいに、サイズはぴったりだった。
「それから、さっき言いたかったこと。
　寿々ちゃんがすごく好きってこと。
　まさか、携帯にまで、出てくるとは思わなかったけど」
　そうして、てへへと笑う智樹。
　ありがとう。
　それから、ごめんね。
　あとは、大好きと、
　それから、何よりも。
　これからも、ずっとよろしくね。
　そうやって、いろんな気持ちをあたしは智樹と一緒に抱きしめた。