萌子を色に例えるならば、青。
　しかもその青は、春の日の晴れ渡った空のように澄み切った薄い薄い青の時もあれば、
　夏の夜の、底の見えない海のような深い深い青の時も、
　太陽の光を受けて、キラキラとクリスタルのように輝く青の時もある。
　掴みそうで掴めない。
　つい期待しがちだけど、わりと裏切られる。
　でも、嫌いになれない。
　どこかですごく信じている。
　俺のこと、わかってくれてるって。
　成にとって、萌子はそういう存在だ。



　久々の休日、もらった遊園地の優待券がたくさんあるからと、理香が部員達に声をかけ、いつもの一年のメンバーが参加することになった。
　当然、萌子もいる。
　個性の強いメンバーだけに、乗りたいアトラクションもバラバラで、結局集合時間だけ決めて、三々五々に散ることになった。
　その中で成は、湊たちを歩いていた時に、思わず足を止めてしまったのだ。
　それは、土産物屋で売っているただのガラス玉のペンダントだったけれど、その青があまりにも綺麗で、思ってしまったのだ。
　萌子に似合うな、と。
「彼女へのプレゼント？」
　まじまじと見ていたら、お店のおばさんが出てきた。
　にやにやと成の表情を見て笑っているおばさんに、成は思わず立ち上がって答える。
「へ？え？ち、違いますっっ」
「でもどう見ても、キミがするようには思えないけど」
　確かにそれは、僅かにハート型にシェイプされていて、どうみても女子の趣味だ。
　鋭く言われて、成は言葉を無くした。
「いえあの。…綺麗だなって」
　素直に答えると、おばさんは目をキラキラと輝かせた。
「ありがとう。売り物をほめてもらえると素直に嬉しいわ。
　お礼にいいこと教えてあげる」
「いいこと？」
　するとおばさんは、成に体をぐっと寄せて、その耳元で囁いた。
「このペンダントを持っていると好きな子と二人であの観覧車に乗ることができて、
　もしこのペンダントをプレゼントして告白すると、カップルになって、天辺でキスして永遠に結ばれるのよ」
　篤志ならば、これが如何わしい商品だと思っただろうし、
　ジンクスを知っているケンであれば、観覧車に関わるジンクスの便乗商品だと気づいたであろう。
　だが成は、そんなことに気づくはずもなかった。　
「ほ、本当ですか？」
　真剣な表情の成は、当然にやりとほくそ笑んだお店のおばさんの表情に気づくことなく、
「毎度あり〜。頑張ってね、告白！」
と、数分後にはすでに成の手の中にそのペンダントはあった。



　そしてその一時間後。
　成は萌子たちと観覧車に乗るべく長蛇の列に並んでいた。
　散り散りになったメンバーの中で、集まったのは篤志とケン、湊と、理香、そして萌子と成の六人だ。
　理香は篤志と乗りたいと駄々をこねたおかげで、成たちは萌子と四人で乗ることになっていた。
　あと数人で順番というところで、後ろにいたケンがいきなり成に抱きついてきた。
「成ちゃ〜ん。何触ってんの？」
　やばいと思う暇もなく、ケンは成のＧパンのポケットに手を突っ込み、中から買ったばかりのペンダントの入った包みを取り出した。
　できれば萌子と二人で、と思う成としては、このペンダントを握りしめて、一生懸命それを願っていたのだ。
　リボンのかかったそれを見ると、
「何これ？もしかして、プレゼント？誰にって？って決まってるか」
　ケンはニヤニヤと笑いながら、前で理香と楽しそうに話をしている萌子に視線をやる。
「返せよって」
　成は急いでケンからペンダントを取り返し、ポケットへとしまう。ケンはその様子をニヤニヤと見つめながら言った。
「知ってっか？この観覧車。天辺でキスしたカップルは永遠に結ばれるらしいぞ」
「聞いたよ、これ買った時に」
「何それ？」
　売り言葉に買い言葉のように言い返してしまったことを、成はその時後悔した。
　だが、こういう時のケンには素直に従っておいた方がいいことは、今までの数か月で学んでいる。
　成は仕方なく、お店のおばさんが言っていたことを口ごもりながらも伝えた。
　すると、ケンはいきなり大笑いし始めた。
「っていうか、お前、だまされてるぞ、絶対それ」
「そんなことないって！」
　観覧車に乗ることになったのは、自分が言い出したわけでもないし、
　その仲間に萌子がいることだって、すごい偶然だし。
　成が必死で言い返すと、ケンは、はいはいと答えて言った。
「了解。じゃ、俺は湊と二人っきりでラブラブな空中散歩を楽しむことにするからさ。
　お前は頑張って、萌子をものにしろよ」
　そう言われたところで、成はしゅんと落ち込んだ。それに気づいたケンが、何だよ？と聞き返す。
「でもさ、どうやって渡したらいいのか、わかんないんだよね」
　萌子の為に、なんて恥ずかしくて言えないし。
　だったら、偶然歩いてたら拾ったとか？
　それじゃ、落しものだから届けてきたらって言われそうだし。
　そうケンに言うと、あっけらかんと答えが返ってきた。
「土産を買った時に、おまけでもらったとでも言えばいいじゃん」
「でもさ、そんなんで受け取ってくれるか？」
「いつも世話になってるからとか言えよ？マネージャーなんだし」
　そりゃ頭が上がらないくらいに世話にはなってるけど…。
「だったら、袋とかない方がらしくね？」
　ケンはそういうと、再び成からペンダントを取り返し、袋を外して成のポケットに押し込んだ。
「何っ―」
　するんだよ、と言いかけたところで、順番が回ってきた。
　乗るよーという萌子に、ケンは湊と肩を組み、
「悪いけどお前は成と一緒に乗ってくれよ。
　俺、湊に相談事あんだわ」
と、成の背中を押しだした。



『このペンダントを持っていると好きな子と二人であの観覧車に乗ることができて、もしこのペンダントをプレゼントして告白すると、カップルになって、天辺でキスして永遠に結ばれるのよ』
　ポケットの中に入れたペンダントに触りつつ、成はあのおばさんの言葉を思い出す。
『このペンダントをプレゼントして告白すると、カップルになって、天辺でキスして永遠に結ばれるのよ』
　と考えたところで、成は思わず正面の席に座って、外の景色を眺めている萌子の横顔を盗み見してしまう。
　秋のいくらか和らいだ日差しを受けた萌子は、眩しそうに目を細め、その唇はリップのおかげなのか、艶めいている。
　カップルになって、天辺でキスして…。
　そう思った途端、成は顔がカーッと熱くなるのがわかった。
　心臓までバクバク言いだしている。
　落ち着け、心臓。落ち着け、俺。
　別にキスするって決まってるわけじゃないんだぞ。
　その時、萌子がふいに成の方を振り返りそうになったので、成は慌ててポケットに入れていた手を膝にもっていった。
　その瞬間、コトンと何かが落ちる音がした。
「成、何か落ちたわ」
　あ、と思う前に、萌子が体をかがめて成の足もとに手を伸ばしていた。
　やばい。
　焦った成も、同じように体を屈めて萌子より先にペンダントを取ろうとする。
　だが手がペンダントに届くより先に、成は目の前に萌子の顔があることに気づいて、思わず動きを止めた。
　萌子も成が身をかがめると思っていたなったのか、ペンダントを手にしたところで顔をあげ、すぐ前に成の顔があることに気づき、動きを止める。
　鼻先十センチ。
　お互いの顔が相手の瞳に映るのが見えるほどの近距離。
　お互い息をひそめたところで、体を慌てて引いたのは、成だった。
　ごめん、と小さく呟くと、萌子もううんと答える。
　成は頭をかきながら、視線を外へと向ける。
　萌子の目に映った自分を見た時に、なんとなく自分の邪推に満ちた気持ちが見透かされてしまったような気がしたのだ。
　こんな時に何か全然違う話をして今あったことから気持ちを逸らせればいいとは思うものの、いい言葉が成には思いつかない。
　けれどこの観覧車には、成と萌子以外は誰もいないのだ。
　静まりかえった観覧車の中で、萌子がぽつりと呟いた。
「…綺麗ね、このガラス玉」
　自然と萌子に視線を向けると、萌子は空にかざすようにして、成の落としたペンダントを見つめている。
　陽の光にあたると、そのガラス玉は、限りなく透明に近い青に見えた。
　やっぱり萌子には、青が似合う。
「あげるよ」
　すんなりと言葉が出た。
「え？」
「萌子に。だって…その、いつも、部活で世話になってるし」
「でも―」
　やっぱり受け取ってもらえないのかな。
　そう落ち込みかけたところで、ケンの言っていた言葉を思い出した。
「その…実を言うと土産物買ったら、お店のおばさんがくれたんだ。
　おまけ。
　だから、…気にしないで」
　思った以上に言葉がすんなりと出た。
　成が心の中でケンに感謝していると、じっとペンダントを見ていた萌子がふわりと笑顔になって答える。
「ありがとう」



　その後は、他愛もない話ばかりしていた。
　部員の話、
　学校の近くのお店の話、
　サッカーの話。
　気づいたら、観覧車は徐々に降下し始めていた。
　一緒に乗れたら、ペンダントをプレゼントして、告白、そしてキス。
　実際はプレゼントするところまでしかできなかったけれど、成は後悔はしていなかった。
　もし今告白したとしても、何かに頼っているんだとしたら、それはいつかきっと後悔する。
　夏の合宿の時みたいに、誰かが代わりに伝えてしまった言葉に便乗するようじゃなくて。
　きちんと、自分の言葉で。
「あーあ。もう終わりか」
　ぽつりと、目の前で萌子が呟く。
「また、来よう。皆で、さ」
　また余計なひと言つけちゃったな。
　そう思いながらも、成は幸せそうに微笑んだ。