久々に日曜日に部活が休みになるというので、朔哉は萌子を遊園地デートに誘うことにした。
　部活を引退し、大学への推薦入学も決まっている朔哉にとっては、部活のない放課後や、休日はどうしても持て余してしまう。
　一方萌子は、部活に忙しかった。新しいチーム編成もあって、多少部内がごたついていたようだが、それもようやく落ち着いたらしい。
　それでも、以前に比べると二人が一緒にいる時間は、格段に減っていた。
　しかし、朔哉はそれで不安になるようなことはなかった。
　ようやく落ち着いた、ということなのだろうか。
　離れていても、それでも萌子とは繋がっている。
　そう思えるようになっていた。
　とはいえ久しぶりのデート。
　前の日の夜、朔哉は微笑みながら眠りに入った。


「ホラ萌子、あそこ見て…」
　目当ての観覧車に乗り、少しずつ広がる景色を眺めていたところで、朔哉は子供の手放した風船が上がって行く様を見つけて萌子にそう声をかけようとしたが、言い終わる前に朔哉の肩に、ことんと萌子の頭が乗っかる。
「…萌子？」
　甘えてきているのかと思いきや、聞こえてくる返事は、安らかな寝息だけ。
　萌子は朔哉の肩に寄りかかりながら、眠っていたのだ。
「ふぅ」
　思わずため息が漏れる。
　久しぶりのデートのはず、なんだが。
　恨めしく思ったところで、でもと朔哉は考え直す。
　萌子にとっては、久しぶりの休日か。
　だとしたら…仕方ない。
　萌子は安心しきった様子で、すやすやと軽く寝息を立てている。ついさっきまでジェットコースターで大騒ぎしていた時とは別人のようだった。
　いや、はしゃぎすぎて、疲れてしまったのかもしれない。
　それにしても、この観覧車がメインだったのに。
　そう不満そうにため息をこぼしたところで、ふっと朔哉の息が柔らかいものに変わった。
　ふいに自分が一年ほど前に見た夢のことを思い出したのだ。

　そう、あれはまだつきあって、一週間たった日の夜の夢だった。
　細かいところは覚えていない。
　だが、萌子に別れを告げられた。
　それだけで十分、インパクトのある夢だった。
　慌てて目覚めて、
　今見たものが、夢かどうかわからずに、高鳴る鼓動の中で思い切り頬をつねった。
　痛みはそれからすぐに消えたけれど、それでも夢だと言う確信が持てなくて、
　もしかして萌子の願望が自分の夢に出てきたのではとか、予知夢じゃないかとか、ベッドの中で悶々と悩んていたら、萌子を迎えに行く時間になっていた。
　慌てて寮を出て行きながらも、どこかで萌子は自分をおいて先に学校に行ってしまっているように思えて、
　朔哉は角を曲がったら萌子の家、というところで思わず足を止めた。
　恐る恐る、その先をのぞく。
　するとそこには、寒そうにして立っている萌子の姿があった。
　自分の渡した手袋を寒そうにさすりながら、きょろきょろと誰かを探している。
　あの時の幸せ。
　萌子はわかってくれるだろうか。
　ただ、君がそこにいてくれるということで、幸せだった俺の気持ち。
　あの時を思えば、こうして隣で眠っていてくれていることは、十分すぎるほど、幸せなのに。
　朔哉はまたため息をつく。
　気づいたら、もっとって思っている。
　もっと君と一緒にいたい。
　もっと君のことを知りたい。
　もっと、もっと。
　恋が人を変えるというのならば、朔哉は萌子に対する欲が強くなってしまったように思う。
　その欲を息と一緒に吐き出して、朔哉は萌子の寝顔を見つめた。
　求めすぎてはいけない。
　そう、そこにいてくれるだけで、十分に幸せなのだから。



　あと少しで、観覧車が一周すると言う頃になって、ようやく萌子は起きた。
「…朔哉さん…？え？あ…ごめんなさいっ、私―」
　上っていたはずの景色が、下がっていることに気づいた萌子は、はっとして起き上がると、朔哉に慌てて謝った。
「いいよ、疲れてるんだろう？」
「ほんとっごめんなさいっ」
「いいって」
　頭を下げる萌子だったが、朔哉は一向に気にしていないようだ。
　こんなんじゃ、また理香に罰あたりだとか言われる。
　反省している萌子に、朔哉は近づきつつある地上を見つめながら口を開く。
「この観覧車、ジンクスがあるんだ」
「ジンクス？」
「観覧車の天辺でキスしたカップルは、永遠に結ばれるって言う」
　言われて萌子ははっと気づく。
　朔哉がこの遊園地を選んだ理由。
　一時間も並んで、この観覧車に乗りこんだ理由。
　ごめんなさいと謝ると、朔哉はにっこりとほほ笑んだ。
「いいよ。
　また今度くればいい」
　気づけばもう観覧車を降りるポイントに来ていた。
　職員に開けられたドアから降りたところで、大きく伸びをしている朔哉のセーターの裾をつかみ、萌子が言った。
「朔哉さん、並ぼう」
「え？」
「せっかく来たんだし。もう一回乗ろう」
　萌子は朔哉の返事も聞かずに、急いで出口へと引っ張ると、すぐに入口から入り直した。
　相変わらず前には、長い列ができている。
　きっとまた乗り込むには、一時間ほどかかることだろう。
　それでも…。
「ああ。そうだな」
　朔哉はそう答えると、萌子の手を掴み直して、歩き始めた。