ずっと楽しみにしていたデートだった。
　仕事で忙しかった先輩と、久しぶりのデート。
　どこがいいって、聞かれて、迷わず選んだこの遊園地には、恋する女子には有名な観覧車がある。
　観覧車の天辺で、キスしたカップルは、永遠に結ばれる、というジンクス。
　ジンクスは、どんなに嘘っぽく思えても、占いや、おまじないと一緒で、恋っていう形のないものを確かなものに変えてくれる、大事なものだ。
　恋する女子である、あたしにとっても、それは例外じゃない。
　その観覧車に、大好きな先輩と乗っているというのに、
　あたしは、沈んでいた。
「しかし、すごい人数だな」
　待ち時間３０分。あたりはカップルだらけ。
　ようやく乗り込んだ観覧車の中で、先輩はため息をつくようにしてそういうと、座席に深く腰掛けた。そうして、小さく、あくびをかみ殺す。
　知っていた。
　ここのところずっと仕事で、
　ランチもデスクでとるしかなくて、
　毎日１２時を回ってから家に帰ってきて、
　土日も返上で出社して、
　だから、久々の休日である今日は、先輩にとって、とても大事だってこと。
　どうせなら、家で眠っていたかったはずだってこと。
「ごめんなさい…」
　思わず呟くと、先輩は閉じかけた目を開けて、眼鏡の奥からあたしを見つめた。
「どうして謝る」
　突き刺さるような視線が痛い。
　こんな時に、何でもないって答えることが、先輩は一番嫌いだ。
「だって。…先輩、家で寝てたかったでしょう」
　こめかみのあたりが、ぴくんと動いた気がしたけど、あたしが正直に答えたことで納得したのか、先輩も正直に答えてくれる。
「まあそれも嘘じゃないが。
　来たかったんだろ。ここ」
「うん…」
「だってのに、テンション低いな」
　やっぱりばれていた。
　でも、こんなあたしも、今朝までは、ずっとウキウキしてたのだ。
　お気に入りのワンピースを下して、
　髪も念入りにセットして、
　お化粧も、きちんとして。
　だけどあの時見てしまったものに、ウキウキしていたあたしの気持ちは、いっぺんでどん底に突き落とされた気持になったのだ。
「浮かれた態度は禁物。さりげない言葉で恋人を傷つけて、別れを切り出されるかも」
「えっ」
　いきなり先輩がそう言って、あたしは思わず声をあげた。
　どうして、という前に、先輩は続ける。
「おうし座、今日は１２位だったな」
　にやりと笑う先輩の顔をみて、あたしの顔はカッと赤くなる。
　朝の情報番組でやっている今日の運勢。
　おうし座のあたしは、最下位で、
　おまけにコメントが、さっき先輩が言っていた通りだったのだ。
「見たの？」
　浮かれポンチだったあたしは、それを見て、撃沈した。
　たかが、占い。
　されど、占い。
　だから今日のデートでも、変なことを言わないように、浮かれないようにって、思ってたのだ。
「果歩が見てるからな」
　そういえば、先輩の部屋に泊まった翌朝は、どんなに眠くても頑張って起きて、あの占いだけは見ていた。
　見透かされてたことが恥ずかしいのと、
　あたしの些細なことを覚えててくれたことが嬉しくて、
　うつむくあたしの顎に手を置き、先輩がぐいっと上にあげる。
「せっ、先輩っ」
　目の前で先輩が笑う。
　眼鏡の奥で、冷たかったはずの瞳が、ほほ笑んでいる。
「忘れたのか？ペナルティー。２回も言ったぞ」
「あっ」
　それは恋人になってから、先輩が決めたペナルティー。
『デートの時に朝倉先輩というたびに、果歩は俺にキスをする』
　はっとして、口を押さえようとした手を、先輩はもう片方の手で捕まえて言う。
「占いも、ジンクスもいいけど。
　その前に俺を信じろ」
　あたしは視界いっぱいに広がる先輩の笑顔を見て、そっと目を閉じた。