「遼平、明日のバレンタインのチョコ。何がいい？ゴディバ？それとも手作りかなんか？」
　教室の片隅で、堂々と森村さんが米倉くんに言っている。
　でも、クラスメートの誰もがそれを聞いていないふりをしている。
　つまり、二人は公認の仲なのだ。
　男子テニス部のエースである米倉遼平くんと、女子テニス部のキャプテンで、迫力系美人の森村サチさんは、クラスも、部活も、いつも一緒だ。
　聞いた話だけど、森村さんが告白された男の子が、断られた理由を聞いたときに、
「遼平がいるから」
と言ったらしい。
　お互い名前で呼び合うし、お似合いだし。

　でも、きちんと付き合ってるって聞いたことはなかった。
　だからあたしは、まだ少しの可能性があると思った。
　だから、ただのクラスメートっていう関係を変えるために、今度のバレンタインデーで告白しおうと思っていたのに。
　こんな会話をされてるのを聞くと、その気持ちも失せてしまう。
　でもあたしの耳は、それでも目の前でおしゃべりしてる友達の話じゃなくて、二人の会話に聞き入っていた。
「悪いけど、俺。甘いもんだめなんだよね。ってか、お前知ってただろ？」
　米倉くんが大きな声でそう答える。少しして、森村さんのちょっとだけ怒った声が聞こえてきた。
「うん。わかった」


　ショックだった。
　米倉くんが甘いもの苦手だってこと、あたしは知らなかったし、情報通の友達も知らなかった。
　でも森村さんがそれを知っていたってことは、つまりはつきあってるってことだ。
　明日は、せっかくのバレンタインデーなのに。
　あたしの心からは、どきどきも、わくわくも、何もかもなくなってしまった気分だ。
　これから材料を買って帰ろうと思ってたのに、それもなしだなぁ。
　あーあ。つまんないの。
　溜息混じりに下駄箱から靴をとりだしていると、あたしはふと声をかけられた。
「あ、小林。帰るの？」
　米倉くんが、ジャージ姿で顔をのぞかせている。
「うん。米倉くんは、部活？」
「そ」
　米倉くんは罪のない笑顔をあたしに向けながら、運動靴に履き替えていた。
「それじゃね、ばいばい」
　米倉くんの傍から逃げようと、そう言って手を振ったあたしを、米倉くんは引きとめた。
「ああ、小林。明日、チョコくれよな」
「え？」
　あまりに軽々といわれて、あたしもびっくりして思ったことそのままを、口にしてしまう。
「でも、嫌いなんでしょ？チョコ」
「そんなこと言ったっけ？俺」
「森村さんにそう言ってたじゃん」
「サチ？ああ。そう言ったかも」
　サチ。
　その言葉であたしがどれだけ傷ついているのか、
　そもそも、こういう気軽なお願いがどれだけあたしを傷つけているのか、きっと米倉くんは知らない。
　だから、あたしは素っ気無く答える。
「チョコほしいなら、森村さんに言いなよ」
「どうして？」
「だって付き合ってるんでしょ。あたしがあげても意味ないじゃん」
　すると、米倉くんははぁ？という顔をして、真剣に答える。
「つきあってねぇよ。誰かの噂だろ？そんなん」
　そんなんって。
　でも、いつも一緒だし。
　仲いいし。
　お似合いだし。
　それに、米倉くんのことを好きだからわかるの。
　もしつきあってなくても、森村さんは米倉くんのことが好きなんだって。
　あんな美人に好かれてるんだよ、米倉くんは。
　俯いたあたしの顔を覗きこむように、さらりと米倉くんは言う。
「俺は小林のチョコがほしいの」
「でも甘いの苦手だって」
「好きじゃないけど、小林のチョコは食べたい」
「え？」
　その瞬間、ドキッとした。
　顔を上げると、にやりと笑ってる米倉くんがすぐそこにいる。
「もっと言うと、チョコはどうでもいいの」
　それって、それって。
　どういう意味？
　そう聞く前に、米倉くんが大きく手を上げて言う。
「明日、待ってるからな。放課後」
　…どうしよう。
　とりあえず、チョコ、つくんなきゃ。
　スーパーに向かって走り出したあたしのドキドキする鼓動は、恋のはじまる予感を告げていた。