我ながら、強引だったとは思う。
　でも、呆れられても、
　バカにされても、
　あたしは観覧車に乗りたかったのだ。
　右近と二人きりで。
「さっき乗った観覧車に、ヘアピン落とした」
ってことにして、あたしは無理矢理右近を引っ張って長い列を割り込んで、嫌がる係のお兄さんを振り切り、やってきた観覧車に乗りこんだ。
　さっきは悪魔の悪戯で、くじ引きで神楽なんかと乗り込んじゃったけど、
　本当だったらあたしは、右近と二人でこの観覧車に乗るはずだったんだし。
　そう思って、少し痛む心に目をつむる。
　なにせ、この観覧車には、恋する乙女には聞き捨てならないジンクスがある。
　観覧車の天辺でキスしたカップルは、永遠に結ばれるそうなのだ。
　この観覧車に乗って、告白して、キスしちゃえば、右近もキスも手に入れられるから、一石二鳥！
って思ったのに、神楽なんかと乗り合わせることになって、危うくキスされそうにもなった。
　これも悪魔の悪戯のひとつ。
　だって本当なら、その相手は右近だったんだもん。
　だから、このくらいの小さな嘘、神様だって許してくれるはずなのだ。
「あ！あったぁ！あったよ、右近」
　床に這いつくばって探すこと数分。
　わざとらしいくらいに声をあげて、あたしはポケットから慌てて外していたヘアピンを取り出して、床に放り投げる。
　さも、ついさっき見つけましたって風に声をあげてヘアピンを手にしたけれど、それを見ても右近は無反応。眉毛一つ動かさない。
「ありがとう、右近。付き合ってくれて、助かった」
　ちょっと棒読みだったけど、そんな風にも言ってみる。
　だけど、右近はそんなあたしに返事することもなく、相変わらずの無表情で外を眺めている。
　その様子に、あたしは思わず息をのんだ。
　きめの整ったくすみのない陶器のような肌は、夕陽を浴びて、更に輝いてる。
　高く上をツンと向いた鼻に、薄くて、でも艶のある唇。
　すっとほっそりした顎のライン
　そして、澄んだ切れ長の綺麗な瞳。
　その瞳に映っているのは、残念ながらあたしではなかったけれど、
　それでもあたしは十分すぎるくらい幸せを感じていた。
「ほんとあたしってばおっちょこちょいー」
　なんて照れ隠ししながら、あたしは立ち上がり、膝に付いたゴミを払いながら、右近の向かいに座る。
　それでも右近は、何も答えることなく、長い手足を小さなベンチに投げ出すようにして座ると、窓の外に広がる景色を眺めている。
　…しかし、ここまで反応ないってことは、もしかしてばれてるのかな。
　流石のあたしも、そう心配になる。
「…ねぇ、右近…？」
　遠まわしに、探ろうかとしたところで、突然右近があたしに視線を向けると、僅かに首を傾けた。
「え？」
　何？という暇もなく、あたしの額に右近の右手が伸びてくる。
　斜めに傾いた表情は、伏し目がちになりながらも、どこか憂いを帯びて、少しずつあたしに近づいてくる。
　…まさか…。
　…もしかして？
　キス？
　今にも閉じてしまいそうな右近の瞳をふちどるまつ毛の影が、その頬に落ちている。
　右近ってやっぱりまつ毛長いんだなあ。
　なんて緊張で壊れそうな心臓をまるっきり無視して思いながら、あたしはギュッと目をつぶった。
　そして柔らかい唇が、あたしの唇に…と思ったら、おでこのあたりを髪の毛がくすぐる。
　ほえ？
　こわごわ目を開けてみると、右近が真剣な表情であたしの前髪を触っていた。
「右近？」
「…ゴミ」
　右近は一言そう答えると、手に付いた埃を、ピンと床に落とした。
「へ？」
　…じゃあ、なんですか？
　今の間って、ゴミを取ろうとしてた間ってこと？
　だけど、どうして右近は目をつぶろうとしたの？
　一度は、落ちたあたしの気持ちが、期待にまた跳ね上がる。
　でも…。
「…ふう」
　右近は小さくため息をつくと、片手で庇のようなものをつくり、そのままそっぽを向いた。
　頬をギラギラと照らしているのは、赤い夕陽だ。
　…つまり、まぶしいってこと？
　だから、目をつぶりかけたってこと？
　期待で膨らんだ心の風船が、一気に弾けて、あたしはどっかりと座りこみ、思わず大きくため息をつく。
　気がつけば、観覧車はゆっくりと下に降り始めていた。
　皆が帰ろうとしてるのを、無理やり右近を連れ出してきたのに。
　こんなことなら、
　こんなことになるんだったら。
　…こっちからキスすればよかった。
　って恋する清らかな乙女にあるまじきことを思った瞬間、さっきまですぐそこにあった右近の顔を思い出して、あたしの顔は真っ赤になった。
「なっなぁんてねっ、右近！」
　照れ隠しでそう言うと、目の前の右近は窓に寄りかかるようにしてすやすやと眠っていた。
「…右近？」
　呼びかけてみたけど、返事はない。
　そっと立ち上がって、あたしは右近の顔を覗き込む。
　微動だにしないまぶたと、規則的に上下する肩を見て、右近が本気で寝ているのがわかる。
　…そういえば、昨日バイト、遅かったんだよね。
　右近の後に入るはずだった人が、急に風邪で休んで、断れない右近は、そのまま閉店時間までバイトを続ける羽目になって。
　それなのに、今日も早くから遊園地に来て、ぎゃーぎゃー騒ぐ皆に黙ってつきあって。
　あたしはあたりをきょろきょろと見回した。
　でもここは観覧車の中。当然だけど、誰かがこっちを見ていることもない。
　そう、見てるのだとしたら、それは神様だけ。
　でもきっと、神様だって、許してくれるよね。
　恋する一途な乙女には、きっと寛大なはずだもん。
　そっと身を乗り出すようにして、あたしは右近のおでこにかかる前髪に、そっと唇を近付けた。
　お疲れさま。
　ムースも何もつけてない右近の髪は、太陽の匂いがした。
　そうしてあたしはそっと目をつむる。
　次こそは一番天国に近いところで、右近とキスできますように。
　そう神様に祈りながら。