「あーもう、どうして神楽かな」
　腹立たしくあたしがそういうと、うっとり自分を見つめる女性の係員ににやりと笑みを送っていた神楽がぎろりとあたしを睨んだ。
「それをいうならオレだって、どうしてお前なんだよ」
「何ですってぇ？」
　って叫びながら、立ち上がり、大きく腕をふりかぶり、神楽をなぐろうとしたところで、観覧車がぐらりと揺れた。
　うわっ。
　思わずあたしは神楽に捕まる。
「あぶねーから、動き回るなよ。
　つーか、いつまでオレに捕まってるわけ？一人じゃ歩けないっつーのかよ。
　まあ、ガキだからしょうがねぇか」
「じょ冗談じゃないわよっ。あたしはひとりだって立っていられます！」
　ふんっ。
　慌てて神楽から手を放すと、くすりと神楽が笑った。
「お前さ、わざとらしく遊園地のチケットもらったって騒いでたけど、ほんとはこの観覧車に右近と乗る事が目的だったんだろ」
　う。
　ビンゴ。
　どうしても、この観覧車に右近と二人で乗りたかった。
　どうしても、この恋する乙女憧れの観覧車に。
　なのにどうして、神楽とペアになってるかって言うと、くじ引きのせいなのだ。
　全員の人数が奇数だからってことで、ペアの相手をくじで決めたら、どういうわけか、あたしは神楽と一緒にのりこむことになっちゃったのだ。
　ちなみにはずれを引いた右近はひとり、下のベンチで皆の帰りをまっている。
　黙り込んだあたしを間の前に、くっくっくと笑いながら肩を揺らして、神楽があたしを笑い飛ばす。
「そのためにチケット結局九枚も自腹で用意すんなんて、ほんと大バカだな」
　うるさいわねっ。
　こっちだって、必要なのは二枚だったのよっ。
　なのに、あっちもこっちも、行きたいなんていうから、引けなくなっちゃったんじゃないの！
　ちなみにいつものメンバーってのは、居候の三兄弟に、杏、高未、榊、そしてまだ来てないけど来るはずのえみ、それに右近とあたしの計九名。
　ってか、カップルな人たちは、みんな自腹で来いっつー話。
　…まあ、あたしが右近の手前大見得切って、いくらでももらえるなんて言っちゃったのがいけないんだけどさ。
　あー！それにしても、何もかも見透かしたって顔した神楽がむかつく！
「っていうか、天下の火狩神楽も、日曜の昼間に予定が入ってないなんて、まあ珍しいこと。
　もしかして、彼女に振られたとか？」
　見てくれは、まるでモデル。
　しかもどうしてか年に限らず、女性にもてる。
　モットーは来るもの拒まずだから、二股、三股はあたりまえ。故に泣かせた女は数知れず。
　神楽はそういう最低の男だ。
　悔しさまぎれにそう言うと、神楽は口をにたりと歪めて微笑んだ。
「バーカ、デートはこれからだ。これ降りたら、オレ消えて、明日の朝まで帰ってこねぇから、あとよろしく」
　へっ？
　明日の朝まで帰ってこないってっ、
　よろしくって、どういうこと！？　
　っっていうか、それなら来なくてもいいじゃない！
　あんたがいなけりゃ、そもそもあたしは右近と一緒に観覧車に乗れてたのよ！
　がるるるるっ。
　今にも飛びつかんばかりの猛犬よろしく、睨みをきかせるあたしに、神楽はまた、くくっと笑った。
「しっかしお前も本当にバカだな」
「何よさっきから、バカバカ言って！」
　バカって言うやつがバカなんだからねっ。
「あたんねぇぞ『永遠に結ばれる』なんてジンクス」
「え？」
　いきなりの神楽の言葉に、あたしは思わず息をのんだ。
　それは、この観覧車にまつわるジンクス。
　観覧車の天辺でキスしたカップルは、永遠に結ばれるっていう、ジンクス。
　親友の絵梨からこの話を聞かされた時、これだって思ったのよ。
　募るばかりで、なかなか進んでいかないあたしと右近の関係。
　この観覧車に乗って、告白して、キスしちゃえば、右近もキスも手に入れられるから、一石二鳥！って思った。
　実際に、絵梨のお兄さんの友達でも、結婚したカップルがいるって言う話だったのに。
　なんで、あたんないなんていうかな。
　あ。
　ニヤつく神楽を見て、ピント来た。
「…もしかして、神楽。来たことあるの？」
　すると神楽はわざとらしく足を組み換え、顎に手を当てて答えた。
「まあ、ざっと数えても。１０回くらいは来てるぜ」
　ってことは、１０人とここでキスしたってこと？
　でもって、その誰とも続いてないってこと？
　信じられない！
　野獣を見るように、神楽を訝しげに見るあたしを一瞥すると、ふっと視線を遠くして神楽がため息交じりに口を開く。
「しっかし、どこもかしこも、だな」
「え」
「ホラ」
　そう言って神楽は自分の背後を指さすと、その先に下の観覧車でキスしてるカップルが見えた。
　ちょっ、ちょっと！
　天辺まではまだ時間あるってば！
「あっちなんかもっとすごいぜ」
　神楽はそう言うと、あたしの隣に座って、ちょうど対面に下っていく観覧車を指差す。
　遠目だけれども、二人がとても人前じゃはばかれるほどの情熱的なキスをしているのが見えた。
　ちょっ、ちょっとちょっと！！
　もう下ってるじゃないの！
　天辺はもう過ぎてるってば！
　…でも、ちょっと…羨ましい…なんて…。
「顔真っ赤だぜ、紗那」
　くくっと笑いをこらえて神楽が言った。
　むっ。
　悪いけどね、あたしはあんたと違って、純情なのっ、乙女なのっ。
「お前キスしたことねぇのかよ」
「あるわよっ」
「ほぉ、相手誰だよ」
「それはっ―」
　そこまで言ってあたしは口を押さえた。
　にやりと笑う神楽こそ、あたしのファーストキスの相手だった…。
　ちなみに完全な事故で、二番目のキスも神楽…。
　だけどあれはっ、神楽、あんたがいけないのよっ！
　大声で訴えると、軽く首をかしげて神楽が言う。
「お前、あんなのキスだと思ってたのかよ」
　へ？違うの？
　すると神楽の目が甘く光った。
「本気のキス、教えてやろうか？」
　神楽はそう言うと、あたしの肩に手を置いて、そっと顔を傾ける。
　太陽の陽を受けて、金髪にも見える髪の毛が、サラサラとその頬に落ちる。
　長いまつげの奥で、綺麗な薄茶色の瞳が、じっとあたしを見つめていた。
　そして、あたしの視界には、どんどん神楽しか見えなくなっていく。
　逃げたくても、ここは密室の観覧車。
　おまけにあたしの後ろは壁で、肩は神楽に掴まれたままだ。
　え？
　ええ？
　えええー！！
　神楽は止まることなく、鼻先５センチのところまできて、思わずあたしは目をぎゅっとつぶる。
　神様っ。
　どうなってるのー！！
　と、あたしの頬に、ふっと息がふきかかった。
　次の瞬間、くくくっと笑い声が響きわたる。
「ってオレがキスするととか思ってるわけ？」
　目を開けると、神楽がおなかを抱えて笑っていた。
　おおお、思ってないわよっっ！
　冗談じゃないわよ。
　どうしてあたしが神楽とキスしなきゃなんないのよ！
　すると神楽は笑うのを一瞬やめて、斜めにあたしを見つめた。
「じゃ、目ぇつぶってんじゃねぇよ」
　めめめ、目にゴミがはいったのよっ！
「ふんっ」
　あたしはそう言って、そっぽを向く。
　絶対に、次のキスは、大好きな人とするんだからっ。
　待っててね、右近！