前に一度、榊に聞いたことがある。
「神様ってどこにいるの？」
　すると榊は、空を指した。
　神様の指令を受け取るために、７人の天使が揃ったら、右近は空に旅立ってしまうのだ。
　あの、大きく、強い、翼を広げて。
　気づくと空には、飛び立っていく右近の姿が見える。
　だけど、翼のないあたしは、右近を見上げるしかない。
　大声上げても、手を振り上げても、右近は気づかない。振り返らない。
　そんなの嫌だ。
　そう叫ぶと、目が覚めた。
　現実にあったことと、なかったことが入り混じった夢。
　デジャヴ、みたいで、気持ちが悪い。
　そう。デジャヴ。
　右近を見てると、いつも感じてること。
　いつか、右近はここを出ていっちゃうんじゃないか、ってこと。


　今年の12月24日は、パーティーの準備で大変だった。
　何のパーティーって？
　もちろん、クリスマスパーティー！
　自宅でやろうって言い出したのも、全部あたし。
　メンバーは、モチロン、いつものメンバー。

「考えたわね、紗那も」
　へ？何が。
「右近君と一緒にいたいから、こんなパーティーまで開いて」
　そういって、高未はシャンパンをくいっと飲むと、にやりとあたしを見つめた。
「やっ、やだなっ、そっ、そんなことっ―」
「ほんと神楽君のいう通り。紗那ってば、嘘つくときどもるんだぁ〜」
　あのタラシッ！余計なことを…。
　高未も勘鋭すぎるんだからっ。
　話、変えないとっっ。
「だけど、高未来れないって言ってたのに、どういう風の吹き回し？もしかして、榊とうまく行ってないとか？」
　榊は、貴羽と一緒に、グラスを片手に親密そうに話をしている。
「残念だけど、あたしと榊はラブラブよ。パーティーも、途中で失礼させていただくから」
　途中って、その後どこに？
「そうそう。いちおう今日は紗那ん家泊まるってことになってるから、ヨロシクね♪」
　それって、アリバイ工作ってこと？
　だけど、高未はあたしの質問には答えずに、榊のところに行ってしまった。
　使ったつもりが、逆に使われたのか。
　さすが、高未…。恐るべし。
　すると、あたしの目の前に空のグラスがぬっと現れて、神楽がにやけた顔で言った。
「おい紗那。ワインとかないわけ？ワイン」
　お酒はダメッ。
　未成年でしょっ。
「なんだよ、ケチケチ言うなっつーの。そんなんじゃ、もてねぇぞ」
「そんなことあんたに関係ないでしょっ」
　ってゆうか、今日は年上の彼女とラブラブデートじゃなかったの？
　もしかして、振られた？
　クリスマス前に？
　うわっ、ださっ、かっこ悪いっっ。
　お酒を出さないとわかった神楽は、チッと舌打ちをして答える。
「うっせーな。旦那が急に戻ってくることになったんだよ」
　旦那？
　それって、もしかして、人妻ってこと？
「子供もいるけど、悪いが、お前より、何倍もいい女だぜ」
　子持ちぃっっ?!
「結構スリルあるぜ」
　スリルって、そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ。
「気になる？」
　なるわけないでしょっ。
　ふんっ。相手の旦那さんに殺されないように、気をつけなさいねっっ。
　あたしはそう答えて、神楽から背を向けた。
　神楽ってば、高校生のくせして、どういうわけよっっ。
　どうすんのよ、本当に、旦那さんにばれたら。
　本当に殺されちゃうんだからねっ。
　う、うわっ。
　鼻息の荒いあたしの背中に、突然、誰かが飛び掛ってきた。
「紗那ーっ」
　甲高い声。
　振り返ると、髪の毛を二つに分けて、白いファーをつけた杏がいた。
「杏ーっ。よかった来てくれて」
　夜から始まるから、杏は無理かと思ったよ。
「千寿君がいるっていったら、お母さんもいいって。ね、千寿君」
　すると隣の千寿が、面倒くさそうにだが、ああと答えた。
　ふーん、信頼されてんだ。千寿ってば。
「この前のテストで一番取ったんだー。だから」
　へぇ、すごいっ。
　じゃ、あたしも千寿に勉強教えてもらったら、いい点取れるかな。
「断る」
　むっ、何でよっ。
「教えるだけ無駄だ」
　無駄って、何よ、無駄って!!
　あたしが思わず千寿の頭を殴ろうとしたとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。
　もしかして？
　大慌てで玄関のドアを開けると、そこには、まだステージ用のメイクをしたえみが立っていた。
「メリークリスマス、紗那。ごめん、遅くなって」
「メリクリッえみーっ、元気だった？」
　久しぶりに会うえみの衣装は、アイドル・花岡えみる用のフリフリ衣装だったけど、さっぱりした口調は、えみのままだった。
「うん。ちょっと忙しかったけどね」
　えみはそう答えて、靴を脱ぐ。
　あれ？えみ、雰囲気かわったかも。
　もしかして少し痩せた？
「ちょっとね。そろそろイメチェンしようと思ってね」
　にっこりと微笑んだところで、リビングのドアが開き、蘇王が顔を出した。
「えみちゃんっ、仕事。大丈夫？」
「うん。だけど、抜け出してきちゃった。きりないし、それに。
　蘇王君に会いたかったから」
　えみはそう言いながら、両手を蘇王に差し出す。
　蘇王はバカみたいにとろけた笑顔で、その手をぎゅっと掴んで言った。
「えみちゃんっ、オレもっ」


　パーティーも盛り上がっている最中。
　気づいたら、リビングは、カップルだらけだった。
　高未に榊。
　千寿に杏。
　蘇王にえみ。
　神楽は、貴羽を口説いてる。
　あれ？
　右近は？
　

　二階に上がると、ドアが少しだけ開いている部屋があった。
　右近の部屋。
　隙間は左近が出て行ったせいかもしれない。
「右近？いるの？」
　小さくノックをして、中の様子を見ると、揺れてるカーテン越しに、ベランダに立つ右近が見えた。
　右近は手すりにもたれかかるようにして、空を見上げている。
　どうしてだろう。
　あたしは、右近が空を見上げていると、わけもなく不安になる。
　いつか、右近が空に飛び立っていきそうで、
　いつか、あたしを置いていってしまいそうで。
　…そんなの嫌。
　あたしが見つめていることも知らないで、右近は、右手を空へと伸ばす。
　すっと、何かを掴み取るように。
　やっぱりダメッ。
　行かないでっ、右近っ。
　あたしは、ベランダに飛び出して、思い切り右近の左手を抱きしめた。
　右近は弾かれたように驚いて、黙ってあたしを見つめた。
　ニャー、と猫の鳴き声が聞こえる。あたしの足元に、首を傾げる左近がいた。
　ドウシタノ？サナ。
　左近にそう言われた気がして、あたしは慌てて右近の左手から体を離した。
「さ、寒くない？」
「…別に」
　慌ててついた嘘が、ばれたんじゃないかと思うくらい、右近の瞳は澄んでいた。
　っていうか、何であたしってば、好きな人に嘘ついてるのよっ。
　バカバカバカ、紗那のバカッ。
　その証拠に、とばかりに、右近はベランダから部屋へと戻る。
　あーもうっ、せっかく二人っきりのチャンスだってのに。
　しゅん、と落ち込んだあたしの肩に、ふわりと何かがのせられる。顔を上げると、右近が自分のパーカーを、あたしの肩においてくれていた。
　もしかして、寒いとか言ったから？
「あっ、ありがと」
　あたしの声に、右近は何も答えずに、さっきと同じようにして、空を見上げた。
「何、見てたの？」
　あたしも右近と同じように空を見上げた。
　空には、星がいっぱい輝いている。
　すると、また右近がすっと手を上げた。
　何？
　そう思った瞬間。
「あ」
　ふわっと、白いものが、一粒舞い降りてきた。
　それは、次々と舞い降りてきて、右近の手のひらに落ちては、消える。
　雪だ。
「ね、右近」
「右近のいる場所は、ここだからね」
　だから、どこかに行ったとしても。
　ここに。
　あたしのところに。
　戻ってきてね。