「みんな幸せだよなー」
　窓から見える夕暮れの遊園地の様子を見て、正面の睦がそう呟く。
　そりゃそうだ。
　今日は、なんてったってクリスマス・イブなのだから。
　巷じゃ、この日のために必死にカップルになってる人たちもいるっていうのに、相変わらず睦は呑気だ。
　そう思いながら、あたしは睦のわりと端正な横顔を見つめる。
　この角度から見る睦の笑顔、好きだったよなぁ、なんて思いながら。
「ぶわぁっっくしゅん！！」
　昔の思い出に浸るあたしをバカにするかのように、睦は思い切りくしゃみをした。
「ひゃーさび」
　…ふう、と自然とため息がこぼれる。
　睦のことを、とても客観的に見ると、惜しいの一言に尽きる。
　見てくれはそこそこ。
　話もなかなか面白い。
　なのに、この無神経さ。ずうずうしさ。
　黙っていればいい男なのに、睦ときたら男のくせにおしゃべりだ。
「…だから続かないのよ」
　思わずそう呟くと、あん？と睦が聞き返す。
「何でもないわよっ」
　あたしはそう答えると、睦と同じようにこの観覧車の下の景色を眺めることにした。
　ちなみに、彼女の立場からすると、彼氏にするには最低、ということになる。
　惚れた横顔も、実は他の女の子を物色してるからこっちを見ないだけだったり、
　やましいことがあってあたしの目を見れないだけなのだ。
　三年前、そうやってあたしと別れてから、睦は次々と他の女の子たちと付き合い始めた。途切れることがないのも、まあある意味ですごいけど、それはどれも半年も続かない。聞いてる話だとそれはやっぱり睦の浮気が原因らしい。
　進化のない男。
　それが、別れるたびにその愚痴に付き合わされ、今や腐れ縁となってしまったあたしの、睦の評価。
　睦は、クリスマスイブイブ、つまり１２月２３日に夏の終わりから付き合っていた子と別れた。一生懸命バイトまでして雪の結晶の形をしたペンダントを買っていたというのに。
　ちなみにこれも睦にとっては恒例行事。
　彼女が絶えなかった睦だけれど、幸せなクリスマスイブはなく、気づけば別れているというのに、あたしたちは毎年一緒にクリスマスイブを過ごし、ゴミとなったプレゼントを、あたしは睦からもらうことになる。
　捨てるとか売るとかすればいいのに、と言うけれど、面倒臭いから由宇に頼んだ、という単に面倒くさがり屋なだけで、そこに甘い想いなんて、まったくもってない。
　そんなあたしたちを除いて、今日のこの遊園地は本当にカップルだらけだ。
　もともと、デートスポットとして有名な遊園地ということもあるけど、今日はものの見事にカップル以外の人たちを見ない。
　実はここの観覧車には、あるジンクスがある。
『天辺でキスしたカップルは、永遠に結ばれる』
　今は信じてないけれど、三年前は思い切り信じてたこのジンクス。
　だけど、三年もして思ったのだ。
　ジンクスはあくまでもジンクス。
　だって、私と睦はファーストキスをここでしたっていうのに、半年後には別れてたんだから。
　あれって、天辺じゃなかったのかな。
　一瞬そう思って、あたしはそれを全否定する。
　だってまるで、睦に未練たっぷりみたいだから。
　冗談。
　睦が他の女の子とデートしたことが悔しくて、綺麗になるためにいっぱい努力をして頑張ってきたあたしが、
　進化のない睦のことが今だ好きだなんて、ありえない。
　実際、睦と別れてから、恋人だっていた時もある。
　…今は、偶然いないけど。
「しかし、いくらクリスマスイブだからって、カップル多すぎねぇ？」
　ぼんやりとした表情で、睦がそう呟いた。
「だって―」
「何だ？」
　きょとんとした睦を見て、あたしは思わず声を上げた。
「睦、知らないの？」
「何を」
「だから、その――。ジンクス？」
　あたしの記憶が確かなら、前の前の彼女とは、ここの遊園地に来たとか言ってたはずだ。
　あたしたちの思い出の場所でデートするなんてと思って、そんな彼女と、それを許してあたしに話す睦に、むっとしたことを思い出した。
「しらねぇ。なにそれ」
　睦の良くて悪いところは、嘘をつけないところだ。
　だから浮気してもすぐにわかる。
　きょとんとしている睦は、実際、知らないのも本当のようだ。
　教えようかと思ったけど、ふとあたしは気づく。
　…だけど、今教えたら、あの時あたしは睦に首ったけでここに来たがっていたことがばれるし、
　おまけに誘われて、のこのこ観覧車に乗っちゃってるあたしが、今も睦に未練たらたらみたいに思われない？
　それだけは、嫌だ。
　絶対に！
「じゃ、内緒」
　ふんと顔を横に向けると、睦がじろりとあたしを睨むのがわかった。
「教えろ」
「いやだ」
「プレゼントやっただろ？」
「あたし用にじゃないでしょ」
「なら、返せ」
「嫌だ。結構かわいいんだもん」
　あたしはすでに首に付けてしまったペンダントを握りしめる。
　初めてもらったときは、やっぱり別の人へのプレゼントなんて、と睦を腹立たしくも思ったけど、
　三回目で慣れてしまったし、何よりこのペンダントをあたしが気に入ったのだ。
　すると睦は、じーっとあたしとペンダントを見比べて、うーんと呟いた。
「たしかに由宇に似合ってるもんなぁ。そのペンダント。まるで俺が、由宇のために選んだみたいだ」
「え…」
　思わず睦を見返すと、睦はしてやったりの笑顔を見せた。
「で、ジンクスって？」




　さらりと説明をすると、睦はいきなり腕組みをした。　
「ふーん」
「なるほど」
「そういうことか」
　ぽつりぽつりと呟きながら頷く睦の考えがわからなくて、あたしは思わず言い返す。
「何納得してんのよ」
「だから俺、お前以外の女とつきあっても、うまくいかないのかと思ってさ」
「へ？」
　うんうん、だからかぁと相変わらず頷いている睦に、あたしは気が抜けたように呟いた。
「…覚えてたの？」
「忘れるわけねぇだろ。俺たちのファーストキス」
　びっくりした。
　睦の物忘れの激しさは、本当にひどいのだ。
　付き合ってる時にでも、あたしと一緒に行ったデートの場所から、昨日食べた物まで、たいてい覚えていることの方が少ないというのに。
　だからこそ、前の前の彼女とここにだって来れたわけだ。
　もしかして、睦。少しは進歩したのかな。
　そう思いながらも、単純に覚えててくれたことが嬉しくて、思わずときめいたことに悔しくて、あたしはまた視線を外に向ける。
　そんなあたしに気づいてるのか気づいてないのか、睦は相変わらず独り言のようにつぶやき続けている。
「だから、クリスマスプレゼントだって、お前ん所に行くわけだ。
　しゃーねぇな、運命には逆らえん」
　どういう意味？と聞こうとしたところで、あたしはいきなり睦に抱き寄せられた。
「へ？ちょっと」
　戸惑うあたしに、睦はにっこりと笑いかける。
「つーわけで、よろしくな。由宇」
「よろしくって…ちょっと」
　慌てて睦の胸を押すようにして、体を起こすあたしの背中に、睦は両手を回すと逃げられないようにあたしを囲い込んだ。
「お前だって、毎年イブあけてくれてんのは、ふられた俺を慰めてくれるためなんだろ？」
「へ？」
「いやいい。言わないのがお前の優しさだからな。うんうん」
　そんなことはない、って言い返してやりたかったけど、結果としてはそういうことになっている。
　そう、このクリスマスプレゼントと一緒。
　これも睦の言う『運命』なのかもしれない。
「…仕方ないな」
　そう答えると、だろっ？とばかりに睦が声を張り上げる。
「じゃ決まりっ」
　そういうと睦は、またあたしをぐっと抱き寄せて、あたしと鼻を突き合わせる。
「ちょっと睦？何するのよ」
「何って、誓いのキス」
「…もう、睦ってば」
　くすくすと笑うと、睦の息があたしの頬にかかった。
　甘い香り。
　そっか。
　わかった。
　あたしが、睦と別れてから、本気で人を好きになれなかったのは、睦があたしの運命の人だったからなのか。
　ゆっくりと目をつむる間に、あたしはそんなことを考えていた。
　…いや、ちょっと待て。
　あたしがバチッと目を開けると、目の前の睦がギョッとして、閉じかけていた目を慌てて開ける。
「ってかその前に、浮気はしないって誓ってよね」
「はいはい」
「はい、は一回で結構よ」
「おいおい、そんなこと言ってると、天辺すぎるぜ」
「うそおっ」
　慌てて辺りを見渡すと、観覧車は確実に下降している。
「あー…もう、過ぎちゃった…」
　がくっと落としたあたしの肩を、ぽんぽんと睦が優しくたたく。
「まあいいじゃん。もう一回乗ればさ」